スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
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SQ192.png 特集『特集 陸上短距離
──パフォーマンス向上とケガへの対応
 
1.「ランニング(短距離)による肉離れの疫学・治療・予防」
金子晴香・順天堂大学 整形外科・スポーツ診療科
        
2.「陸上競技選手のケガへの対応とコンディショニング」
伊藤由記子・治療院ミムラ
 
3.「陸上短距離選手のパフォーマンスとケガ」
――指導者としての見方、指導のポイント
苅部俊二・法政大学スポーツ健康学部教授、同大学陸上競技部監督、元400mH 日本記録保持者、日本陸上競技連盟オリンピック強化コーチ

カコミ「肉ばなれの経験」
──ケンブリッジ飛鳥選手(ナイキ)と伊藤由記子先生(治療院ミムラ)にきく

4.「ランニングのパフォーマンス向上と外傷・障害のメカニズムと対応①」
──歩行走行の基礎知識
川野哲英・医療法人昇英会はちすばクリニック

最後のカツ

久米先生顔イラスト ブログ 私がこのコラムを始めたのは、昨年の4月でした。その後、49週にわたって毎週金曜日にこのコラムは掲載されたわけです。

 タイトルの「スポーツにカツ」ですが、先ずこのコラムを始めるにあたって何か統一したテーマをメインに据えた方が良いと考えました。そこで、「スポーツ界に喝をいれよう」とか「スポーツだから勝ったり、負けたりは外せない」とか「活況」「活発」「活躍」など、スポーツに関わりの深い言葉を連想して「カツ」としました。が、この妙なこだわりが、後に自分の首を絞める結果になったのです。まぁ、このコラムをいつまで続けるかという予定も曖昧のまま、漫然と書き始めた私への当然と言えば当然の報いなのでしょうが、以後毎週迫ってくる締め切りに向けて「カツ」との「カッ藤」が始まりました。

 前述した「カツ字」類は、すぐに使い果たしてしまいました。そこで、毎週サブタイトルに「○○カツ」と入れるために「カツ」を事前に書き貯めて置くことを思いつき、思いついたら直ぐに手帳に記録するというようなこともやりました。昨年の手帳を見ると、「隔靴掻痒」とか「生活者の視点」、「勝手な思い込み」等の「カツ」が並んで書きこまれています。中には「カッ、カッ、カッ(水戸黄門の笑い声)」というような、見苦しいまでに「カツ」に悩んだ足跡も残されていました。

 ここまで読むと、なんだか私だけが努力してこのブログを書いた様な内容になっていることに、正直若干の後ろめたさを感じます。そこで、この場をお借りして、支えてくれたスポーツメディスンのスタッフの皆さんに、一言お礼を申し上げたいと思います。

 別に締切日を限定せず、内容的な制約も課さず、先生のお好きなように書いて下さい、という寛大な姿勢を終始崩さなかった責任者の清家輝文編集長をはじめ、月刊スポーツメディスン・スタッフの皆さん、本当にありがとうございました。ここに最大限の感謝を申し上げます。

P8220100.jpg 特に、途中、スタッフの一人田口久美子氏には、「先生、別に“カツ”にこだわらなくてもいいんですよ」というような、優しい、しかし暗に「別に“カツ”があってもなくても」あるいは「拘っているのは先生だけですよ」的な、つまり“裸の王様ですよ”と言わんばかりの貴重な御意見を頂いたにもかかわらずそれを無視し、貝のように押し黙り、カッ手に”金曜日のカツ“に拘った私に対しまして、最後までお付き合い頂いたことに対して、心より御礼申し上げます。よくぞ見捨てずにいてくれました。

 “最後まで・・・”。そう、ようやく目が覚めたのです。約1年間続いたという自己満足もあり、このコラムは今日で終わり。たいして面白いわけではないが、何となく読んで下さっていた読者のみなさんにも、お礼申し上げます。

 毎週書いていて、気が付きました。書くこと、沢山あるんですね。だから、少しお休みをいただいて、そうしたらまた書く気になって、そこに書くチャンスがあれば書きたいな、と思っています。皆さん、フッ活をお楽しみに!

 では、またどこかでお会いいたしましょう。


久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)


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仰げば尊し、わが師のカツ

久米先生顔イラスト ブログ  卒業式のシーズンになりました。最近、電車に乗っていると、袴姿や振り袖姿の女子学生やスーツをビシッと決めた男子学生によく出会います。

 私が勤める大学でも先日卒業式が挙行されましたが、中には演歌歌手のような派手な羽織袴で出席していた学生もおりました。こういった目立ちたがりの学生は昔からいて、以前にはボーリングのピンに見立てた被り物を着てくる学生や人気アニメキャラの格好で出席しようとする学生もおりましたが、全て会場入り口を突破することができず、卒業式への参加は違った意味で許されなかった様です。

 自分の卒業式を思い出してみたのですが、いまいち記憶がはっきりしません。出席はしたにはしたのですが、もちろん学長の訓示など覚えているわけがありません。多分、この卒業式への無関心は、私の場合卒業後も大学に残って勉強を続けることが決まっていたためだと思います。

 今“勉強を続ける”と言いましたが、書いていて“勉強を始める”と訂正した方が良い、思いました。卒業証書を頂いた母校には大変失礼な話で申し訳ないのですが、在学中アメリカンフットボールに夢中になっていた私には、教室はグラウンド、テキストはフォーメーションブックという調子で、したがってほとんど正規の教室にいたためしがないという有様でした。

49スポーツカツ 010 それでも卒業年に教員採用試験を受け、もし1次試験に合格すると「2次試験と大切な試合の日程が重なる」と真剣に悩んでいた私に、母親は自信を持って「受かるわけがないから心配するな」と言い切ったのです。結果、母の私情に流されことなく事実をきちっと見極める眼力に感心することになりました。

 卒業後大学に残った私への最初の試練は、研究室での生活です。私が所属した研究室は、厳しさでは当時大学随一の石井喜八先生の研究室でした。先生は、先ず私に研究室には朝の8時から夜の8時までいるようにとおっしゃいました。先生自身もいるわけですから、研究室を抜け出すわけにはいきません。必然的にじっと机に向かうことが増えました。

 ある時、私が机に向かっていると、先生が背後に立って「何を読んでいるのか」と聞いてきました。その時自分がどんな本の名前を挙げたかは覚えていませんが、先生は「スポーツ関係の本ばかり読んでいては駄目だ。こうゆう本も読みなさい」と「現代のエスプリ」(至文堂)を手渡してくれたのです。これは毎号違ったテーマを特集する月刊誌で、今も続く息の長い本ですが、頂いた時の特集テーマが「いき・いなせ・間―現代に生きる日本人の美意識―」というものでした。

 人に教える、とは新しい知識を教えるばかりではないと思います。今までその人が持っていた知識が、見方を変えただけで違った知識に替わる、ということを教えることも立派な教育だと思います。私の恩師は、これを言いたかったのかも知れません。御蔭で、私は多彩なジャンルの本を読む習慣がつきました。

 卒業式が終われば、次は入学式です。今年も多くの若者たちが、晴れて大学の門をくぐります。それを待ち受ける我々教員たちは、どんな風に彼らの持っている常識を打ち破ってやろうかと、今から虎視眈々と準備を進めているところです。


久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)


バンクーバーの総カツ

久米先生顔イラスト ブログ
 3月10日付け読売新聞朝刊のスポーツ面に『メダル5個「よくやった」』というタイトルで、日本オリンピック委員会JOCがバンクーバー五輪について総括したという記事が掲載されていました。

 これによれば、JOCの情報戦略部門は当初のメダル獲得総数を「最高6個、最低で2個」と予測していたらしく、この予測からすると今回の結果は一定の評価に値するとのことから、「よくやった」という評価になったとのことです。

 それでは皆さん、ここで問題です。

「日本のメダル5個獲得は、本当に“よくやった”と思いますか?」

「俺はよくやったと思うよ。だって、日本の選手はほとんど国の援助なしでさぁ、よくここまで強くなったよ」

「そうかなぁ?お隣の韓国なんか金メダルの数が国・地域別で5番目に多いんだぜ。同じ東洋民族として、今回の日本のメダル数は決して褒められないなぁ」

 さぁ、皆さんはどちらの意見に同調しますか?実は、このように意見が割れる原因は、議論している双方のもともとの論点がズレていることが多いのです。

 「論点思考」(東洋経済)の著者内田和成氏は、「論点思考とは自分が解くべき問題を定義するプロセス」だと言います。われわれの周りには様々な問題点が山積していますが、その問題点を問題視しようとするとうまくいかない、というのです。内田氏は、経営の神様と呼ばれたピーター・F・ドッラガーの言葉を借りて「われわれが犯すもっとも重大な過ちは、間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えようとすることだ」と述べています。つまり、現象として起こった問題に目を奪われることなく、本当の問題を解決するために議論すべき論点を明確にしなさい、というのが内田氏の意見です。

 さて、論点思考を理解していただいた上で、「日本のメダル数」問題をもう一度考え直してみましょう。日本の今回のメダル獲得種目はすべてスケート種目です。では、スキー種目はなぜ皆無なのか、という論点設定はどうですか。

 もちろん惜しい種目もありましたが、少なくとも素人の我々には、なぜ多くのスキー種目がメダルに届かないのか疑問です。逆に、メダル獲得ならずとも、代表全員の水準が世界最高レベルであることを証明した種目もあります。それはフィギアスケート男女です。参加選手全員が8位以内入賞です。これはすごい!では、なぜそんなことが可能となったのかという論点はどうですか。

 新聞の記事を読んだだけで、すべてが理解できるとは決して思っていませんし、記事に載った内容だけが実際の記者会見で語られたとも思いません。が、今回のJOCの記事は、明らかに敗北宣言に、私には映ります。

「メダル5個は予想範囲であるから“よくやった”。でも、同じ東洋民族として韓国に先を越されたことは残念だ」という論調は、ネガティブ・キャンペーンです。今回の総括の論点がブレています。リーダーならば「韓国には○○では負けた。しかし、××では寄せつけもしなかった。したがって、今度こそ○○は雪辱を誓い、××は一層引き離す」程の勢いが記事から感じられるようにJOC幹部は記者会見すべきではありませんか。そうでなければ、今後の日本国民のオリンピックマインドは、決して向上しません。

「われわれを困らせるもの、その問題そのものではなく、その問題に我々が持つ考え方である」。

 古代ギリシャ・ストア派のエピクテトスが放ったこの言葉の論点を、リーダーはしっかり噛みしめるべきだと思います。


スポカツ48 001

久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)

校長のカツ

久米先生顔イラスト ブログ 現在、大学のキャンパスは静寂そのもので、4月から新学期を迎えるにあたり英気を養っているようにも見えますが、かといって全く機能停止しているわけでもありません。2,3月という月は、粛々と新学期に向けて準備を進める時期でもあります。

 私が担当している教職コースでは、この時期が教育実習に向けての準備期間として重要な意味を持ちます。教育実習は、教職コースの4年生が2~4週間の間中学校や高校に実習生として出向き実習を行うわけですが、実習先では今までの自分とは真逆の立場になって教壇に立ったり生徒指導を行ったりするわけですから、実習に行く本人のみならず、送る側である我々担当教員の心配も大いにボルテージが上がります。

 幸い私が実習担当を始めてからは、それほど大きな問題は発生していないのですが、全く問題がないわけではありません。実技授業の最初に生徒を集めることが出来ない、と実習先の指導教員から苦言を呈されたこともあります。つまり「おい、集まれ!」の一言が言えないというのです。では、実習生はどうしているのか。授業が始まってもウロウロしている、というのです。この時は、私も「ここからの指導が必要か」と肩を落としたことを覚えています。

 この例は他大学での話ですが、実習生の中にはまだ本当に教員になるかどうか決めかねている者がいて、その学生が実習先の指導教員に「私は別に教員になるつもりはありません」と言って大きな問題になったことがある、というのです。確かに、実習先の指導教員にしてみれば、忙しい時間の中で実習生の面倒を見、場合によっては勤務時間外でも励ましたり、たしなめたりと時間を割き、自分と同じ道を志していると思うからこそ指導に力が入るのに、「ただ教員免許が欲しい」がためだけに教育実習に来ていることがわかってしまえば、全身の力が抜ける、というのも尤もな意見だと思います。

 実は、私の大学にもこういった学生は少なからずいます。ただし、これには彼らなりの理由もあるわけで、例えば、今はまだ教員採用試験に受かる自信がないとか、教職以外の職種を希望する学生にとっても教職免許が必要である、という現実があります。したがって、これはこれで納得せざるを得ないわけですが、前述の問題の根底には、実習生のモラル、つまり受け入れ先の感情を逆なでしている、ということに気がつかないモラルの低さが問題なのだと思います。

 そこで、私の大学では、先日の3月1日、2日に「教育実習事前指導」という集中授業を行いました。この授業の主旨は、もちろん実習生のモラルの向上にあります。「実習に行くにあたっての心構え」から始まり、実習に行く際の髪型・服装に至るまで指導します。

スポーツカツ47 001 この授業のメインプログラムは、現役高等学校校長による講義です。お願いした校長は保健体育教員でもある方ですか、うちの学生にはうってつけだろうとお願いしました。

 当日の先生のお話は、先生ご自身の長い教員生活に裏打ちされた内容で溢れていました。学生たちもさすがに寝る者などなく、聞き入っていたようでした。なかでも「教育実習には、自分が教員に向いているかどうか、しっかり見極める覚悟で行きなさい」という校長の言葉には、学生たちにも大いに納得したようです。講義後の感想文に、このことを書いている学生が多く見られました。

 親には叱れないことを他人に叱ってもらう。そうやって、子供は一人前に育つのだと思います。今回は、我々ができない“喝”を、校長に入れてもらう格好になりました。


久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)

遅い婚カツ

久米先生顔イラスト ブログ 仕事柄でしょうか、結婚式にはよく呼ばれます。先日の日曜日には、神前結婚式に参列してきました。教え子の結婚式です。

 今「呼ばれます」と書きましたが、そう書いていて実は「呼ばれました」と過去形の方が正しいのかなぁと考え直しました。やはり、最近ぐっと回数が減ったと思うからです。

 仲人は一生のうちに3回やれば良い、と聞いたことがあります。私は9回やりました。人前結婚式で立会人も引き受けたことを入れると、10回はご両家の間を取り持ったことになります。結婚式もいろいろ、仲人の方法もいろいろです。最初は、やはり緊張しました。何しろ、自分の結婚式でさえ仲人を立てなかった私ですから、仲人という種族をこの目で見たことがない。どうしたらいいだろう、と戸惑いました。

緊張の度合いを増す原因のひとつに、仲人といいながら両家のご両親をよく知らない、というのもありました。本当の仲人は両家の間を何回も往復するはずです。知らないはずがありません。でも私の場合は、仲人を頼んでくるのが全部結婚する本人でした。

卒業生「先生、今度結婚することになりました」
私「おぅ、そうか、よかったなぁ」
卒業生「ところで、先生に折り入って頼みたいことがあるのですが」
  私「なんだい?」
卒業生「仲人頼めませんか?職場では頼める人いないんです」
 ざっとこんな具合で仲人になることを引き受けます。でも、二つ返事で引き受けるわけではありません。ひとつ要求を突きつけるのです。
 「できれば、両家のご両親と事前に会わせてくれるかな?式場で“はじめまして”では恰好がつかないからね」

______ 001 結局、自ら結婚式の前にもうひとつ緊張の場を作ることになります。

 次なる緊張は、式場での両家の紹介です。一度、「ただいまより、ご両家の紹介を御仲人様にお願いいたします」と司会者に振られたことがあります。この時ばかりは、脂汗が背中をツゥーと走るのが分かりました。「聞いてないぞ、そんなこと」と目がテンになりかけた時、隣にいた世話役の女性が「では、ご紹介をご両家の父上にお願いします、と言えばいいのですよ」と助け船を出してくれて、この時は事なきを得ました。なので、その後この種の“災難”に会った時には、“人に振る”という対処法を多用しました。

 結婚式に呼ばれると楽しみがもうひとつあります。他の教え子にも会えるという楽しみです。今回も何人かの教え子と久しぶりの再会を果たしました。そこで交わされる会話は、大抵形通りの挨拶と同期の友人についてです。

「あいつ、どうしてる?」
「さぁ?僕もよく知りませんが、まだ結婚してないと思いますよ」
「そうかぁ、彼はいくつになる?」「もう40歳ですかね」。

 一昔前なら、40歳過ぎて一人身の男性は“甲斐性なし”と呼ばれてもおかしくなかったと思いますが、前述の会話は次のように続きます。

「そういえば、××も、△△もまだ一人ですよ」。

 時代なのでしょうか。ひいき目なのでしょうか。いつ結婚してもおかしくない有望な男達が、私の周りにはまだ沢山います。昔はみんな肉食系だったはずだがなぁ、と意味不明なことも考えます。昔は頼まれ仲人でした。でも、最近は本当に仲人になって、教え子の遅い婚活を手伝おうかとも考えています。


久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)