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月刊スポーツメディスン最新刊紹介
月刊スポーツメディスンNo.210(2019年5・6月合併号)←詳細&購入はここ!
210表紙
『特集 セラピストの手の使い方」
── 治療技術の向上のために
 
1.「肩関節疾患を診るうえでのセラピストの手の使い方」
勝木秀治・関東労災病院 中央リハビリテーション部理学療法士、専門理学療法士(運動器)東海大学医学部 基礎医学系生体構造機能学領域
 
2.「体幹、下肢のスポーツ障害への運動療法で大事なセラピストの手の使い方」
園部俊晴・コンディショニング・ラボ(インソールとからだコンディショニング専門院)
理学療法士、運動と医学の出版社代表取締役社長

3.「臨床動作促通法の紹介」──正しい動作に誘導するために
鈴木俊明・関西医療大学大学院 保健医療学研究科
 

今日は日曜だが、西新宿で取材があり、いったん帰社。連載の3回目になるが、そういう状況もあって、少し生き抜きの話をしたい。

本誌の場合、編集部で取材して書く記事と、外部の先生に執筆していただく記事、これは主に連載になるが、現在と30年前とでは大きく異なることがある。

昔は、当然ながら、原稿用紙に手書きである。写真は紙焼き、図やイラストはイラストレーターや専門家がロットリングという専門のペンなどで紙に描いていた。

そうした原稿類を当時は、取りに行った。「原稿ができました」という電話をいただくと、大学や病院など、先生がいらっしゃるところに出かけていく。そして、原稿を見せていただき、その場で読んで、何か問題があれば、それをどうするか話し合う。それも大事なのだが、そのとき、その原稿とは関係のない話もけっこう出てくる。時間によっては、「今日はいいんだろ?」となり、そのまま飲み屋に行くことも少なくなかった。

そこで話すことが大事というか、まさに「学校」であった。

普段は聞けそうにない話が聞ける。「あれはどうなのか」「これをどう思うか」、そんな話をえんえんとする。それがいかに血となり肉となったか。

そして、現在。連載原稿はメールで送られてくる。それにメールでお答えする。写真もメールですむ。「今、原稿を送りました」と電話をいただく先生もいるが、そのままメールのやりとりだけで進行することも少なくない。

それで済むし、そのほうが効率がよい。そういう意見もある。いや、そういう意見のほうが支配的だろう。

しかし、どうもそうではないのではないかと思う。原稿を書いていただき、それを受け取りに行く。そこで顔を合わせ、ちょっとした話、あるいは長い話をして帰る。その時間は決して無駄でも非効率でもなく、人と人とが接しあうことの豊饒な時間である。

だから、今でも「原稿ができました」と電話があり、取りに行く先生もごく稀にいらっしゃる。「メールで送ってくれればいいのに」と思わなくもないが、やはり会って、短い時間でも顔をみ、元気だなとか、ちょっとお疲れではないかとか感じ取ったり、今後始める仕事の話を聞いたりするのは、とても実りある。会って手渡ししたい。それがデジタルデータであっても、そう思っていただけるのはありがたいことなのだ。

メールなどITの発達は、それなりの恩恵をもたらした。もうそれなくして仕事は成り立たないようにも思える。一方で、人と人との交わりは希薄になっていく。数字、成果、業績、結果、そういう文字で語られるものばかりになる。

約30年前の記憶を呼び起こし、書き始めたこの連載だが、以前は原稿をいただきに行っていたという事実を思い出し、立ちすくむような思いがした。

わたしたちは、利便性と交換に大事なものを引き渡してしまったのではないか。

本や雑誌が売れないといわれるが、その一つの原因はそんなところにもあるのではないか。

メディアとは何か、雑誌とは何か。「上半分」でしか語られず、「下半分」の大事なところが等閑視されているのではないか。ふと、そう思ったのである。(清家輝文
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