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スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ:(旧)月刊スポーツメディスン公式ブログ:
 
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── 診断、治療、リハビリテーション」
1.「股関節鏡視下手術──適応疾患の診断」
錦野匠一・錦野クリニック 整形外科
 
2.「股関節鏡視下手術の現状」
宇都宮 啓・産業医科大学若松病院 整形外科

3.「股関節鏡術後のリハビリテーション」
高橋 誠・産業医科大学若松病院 理学療法士

4.「FAI関節唇損傷術後のアスレティックリハビリテーション」
畑中仁堂・じんどう整骨院アスリート

今日の久米先生のコラムは、教育実習のお話でしたね。

実は、私も教育実習経験が2回あります。
そういえば、この6月の時期でしたね。

 短大時に、実家のそばの母校の中学校で1回と、学部編入後にやはり母校の高校で教育実習をやりました。教科は保健体育。中学校では、保健は第二次性徴と脳のしくみで、体育は創作ダンスでした。短大でもダンスの授業はありましたが、当時、体育会系のバレーボール部所属の私はからだが固かったですし、苦手種目の1つでしたから、是非とも避けたい実技種目に当たったわけです。
 保健体育の実習は、私を含め女子2名。最初の課題は、準備体操を当時流行りだったエアロビクス風にアレンジして、指導することが実習生の最初の仕事となりました。
 これは体育の授業に生徒が楽しく参加するという目的でした。プログラムを何パターンかつくり、選曲し、夜遅くまで必死で練習した記憶があります。なんせ、ダンスが苦手なものですから、見本を見せるということがまずは私の試練でした。もう、とても再現できませんが…… (^_^;)

 このプログラムは非常に学内で好評で、県内の発表会で生徒たちが、のちに発表してくれました。
そんな感じで、なんとか苦手ダンスも最悪の状況を免れ、楽しく、いろいろと勉強をさせてもらい、あっと言う間の実習でした。

 それから、さらに2年後、高校での実習は、まだ私が在学中の先生方が大勢残っていらっしゃったので、やりやすくもあり、厳しさもありで、中学校での実習とはまた一味違った実習でした。
 生徒は、当然ですが中学生よりも大人?になっており、実習生のお手並み拝見という、ちょっとひいた感じと好奇の目で実習生はみられてましたね。まぁ、自分が高校のときもこんな感じだったかとは思いますが……。

 まぁ、紆余曲折あり結局は教員ではなく現在の仕事をしているわけで、ついつい久米先生のコラムで当時を思い出しました。

 数年前のことですが、実家に帰ろうと実家の最寄の駅からタクシーに乗ると、「先生」とタクシーの運転手さんに言われ、こちらは「先生」など普段言われたことがないので、聞き間違いかとスルーしていると、再度「先生」というわけで、「へ?」という感じで、キョトンとしていると、「先生、変わらないね。うちに帰るの? 先生の家、●●あたりだったよね」と運転手さんが言うわけです。

 それでもピンとこない私に、「先生、わかんないかな。●●だよ」と後ろを振り返ると、そこには、中学校に教育実習に行ったときの担当クラスの男の子の当時の面影を残す笑顔がありました。

「あー! びっくりした。だって先生なんて教育実習以来言われたことなかったから……」と、ほんの15分くらいの時間でしたが、なつかしい話に車内は盛り上がりました。

 彼らからみると、教育実習生であっても、今でも「先生」であり、「先生」と呼んでくれる唯一の子どもたち(もうすっかり、今風のオニイチャンになってましたが)なんですね。
 これは実家のあたりでヘタなことはできないわけで……、思わず背すじが伸びる思いでした。

 今、教育実習真っ只中という、みなさんも、巡回指導の先生方も、どちらも大変な時期だと思いますが、がんばってください \(^o^)/ (田口久美子)
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カツ発な授業


久米先生顔イラスト ブログ 実は今月は、わが大学のような教員養成校にとっては教育実習校回りで大忙しの月。
 今年は保健体育教育実習を希望する学生数が思いの外多くて、そこでたくさんの先生の手を借りて総出で実習校へ菓子折り持って頭を下げに行くことになりました。

 私も、先日ある高校へ実習訪問に行ってきました。その高校の門をくぐると、ちょうど体育の授業へ参加する生徒たちが私の目の前を横切ってグラウンドの方へ走り出して行くところでした。みんなお揃いのジャージ姿です。

コラム9 












その中の何人かの生徒たちが私に「おはようございます」とあいさつをしてくれました。そんなうれしい先制攻撃を受けながら、私は体育教官室へと向かったのです。

 教官室では事務から私の来校を知らされた若い先生が出迎えてくれました。その室には数名の先生の机が向かい合わせに置かれていて、窓の横には小さな応接セットが並べられていました。決して大きな部屋ではありませんでしたが、きちんと整頓された居心地のよい部屋に見えました。出迎えてくれた若い先生は、早速実習生のY君について「実習、楽しそうですよ」と報告してくれました。これに対して、私は「それはありがたいことです」と心よりお礼を述べました。

 今回の訪問の主な目的は、指導をしてくださっている先生方へのご挨拶と研究授業への参加です。Y君の研究授業のテーマは「2年生に対するバレーボールの指導」で、授業設定は7時間中の2時間目となっていました。私は、先生方への挨拶を一通り済ますと、彼が書いた指導案のコピーを片手に持って早速体育館へ向かいました。Y君はもうすでに準備を整えていて、生徒が来るのを待っていました。遠目でしたが、Y君はやや緊張しているように見えました。研究授業には、体育の先生ばかりではありません。他の教科の先生や教育実習生も来ます。教頭先生や校長先生が来られる学校もあります。Y君が緊張するのは無理もないことでした。

 私が教育実習に行ったのはもう30年以上前のことです。ほとんど覚えていません。でも、楽しかったことだけは覚えています。しかし、勢いばかり目立ってその他は何もできなかったこの私を“先生”と呼んでくれた生徒たちは、果たしてこの“先生”をどう評価していたのでしょうか。何もできないだけではありません。指導してくださった先生方もさぞやびっくりなされたことでしょうが、当時私は試合に負けたけじめにと頭を丸刈りにしていたのです。まだ青さが目立つ、刈りたての頭でした。実習に髪を染めたまま行く学生は、わが大学にはいません。心構えとして論外です。でも、青刈りにしていく学生もいません。

 破天荒な自らの実習を思い出していると、Y君の授業が始まりました。Y君の「おはよう」の声が体育館に美しく響きます。と同時に生徒たちの顔が一斉にY君に向けられます。座っている姿は、両腕で足を抱え込んでしたりお胡坐をかいていたりと様々ですが、耳はY君の一言も聞き洩らすまいと、欹てているように見えました。そして、静から動へ。生徒たちは流れるように思い思いの場所に散らばり、ボールを高々と上げ始めました。

 授業を終えたY君は、はにかみながら私の方へ近づいてきました。
「今日の出来栄えは自己採点で何点?」と聞くと「20点ぐらいですかね」とY君は答えました。
「ずいぶん厳しい採点だなぁ」と私は応じ、無事に研究授業を終えた彼にねぎらいの言葉を一言二言かけました。

 校門を出た時「今日は久しぶりに良い一日だったなぁ」と、少し雲行きが怪しくなってきた空を心配しながら、考えていました。


久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)