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         スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
月刊スポーツメディスン最新刊紹介
月刊スポーツメディスンNo.210(2019年5・6月合併号)←詳細&購入はここ!
210表紙
『特集 セラピストの手の使い方」
── 治療技術の向上のために
 
1.「肩関節疾患を診るうえでのセラピストの手の使い方」
勝木秀治・関東労災病院 中央リハビリテーション部理学療法士、専門理学療法士(運動器)東海大学医学部 基礎医学系生体構造機能学領域
 
2.「体幹、下肢のスポーツ障害への運動療法で大事なセラピストの手の使い方」
園部俊晴・コンディショニング・ラボ(インソールとからだコンディショニング専門院)
理学療法士、運動と医学の出版社代表取締役社長

3.「臨床動作促通法の紹介」──正しい動作に誘導するために
鈴木俊明・関西医療大学大学院 保健医療学研究科
 

次号の特集は「膝の痛み」をテーマにする予定です。詳しくはまたお知らせします。

新たに始まった「リコ日記」も好評のようです。今後、どんな記事が掲載されるのか楽しみですね。吉村先生、よろしくお願いします。

「もも家」さんのフードレシピも快調。イラストを描いていただいている横江さんの筆も滑らかになってきたようです。

久米先生、いいお話ですね。ほろっとします。

さて、丹羽先生のメディカルストレッチングのDVD、時間がかかっていますが、だいぶ出来上がってきました。お楽しみに!(清家輝文)
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カツて、あなたは・・・

久米先生顔イラスト ブログ
 先日、読売新聞朝刊(6月30日付け)で、「永田七恵さん死去」が報じられていました。記事のタイトルには続けて「『マラソン王国』の礎築く」ともありました。この記事を見て、思わず私は「えっ!」と声を出してしまいました。まだ周囲が紫色に沈んでいる早朝のことです。

 彼女は私の大学の後輩だったのです。私が日体大の大学院生として石井喜八教授の研究室に通っていた頃、彼女も学部のゼミ生としてこの研究室によく顔を出していました。石井先生に卒論指導を受けるためにです。

 私たち研究室のメンバーは、彼女のことを「七恵ちゃん」と呼んでいました。妹みたいな存在でした。もちろん、私たちは彼女が陸上部であることは知っていました。でも、この時はまだ目立った活躍はなかったように思います。そんな彼女は、練習の合間を縫って、いつも頬をほんのり林檎色にして研究室にやってきたものでした。

 彼女の人柄は、本当に“オットリ”、“ホンワカ”という言葉がぴったりで、「七恵ちゃん、おはよう」というと、「あっ、久米さーーん、おはようございまーーす」と彼女独特の節回しであいさつを返してくれました。そして、これには独特の動作がついていて、両脚は揃えやや膝を曲げた状態で、腿に両手を置いて頭だけを“ぺこり”と下げるのです。笑顔を添えながら・・・。目が本当に笑っている“笑顔”でした。

 彼女が一度大失敗をやらかしました。それは、提出間近かの卒論原稿を盗まれてしまったのです。よく聞けば、卒論を入れたバックを自転車の前かごに入れておいたら、バックごと盗まれた、ということでした。犯人は、もちろん彼女の卒論に興味があったわけではなかったでしょう。でも、彼女にとっては、とっても痛い失敗でした。この時ばかりは彼女の顔から笑顔はすっかり消え、両眼が少し光っているように見えました。先生にだいぶお灸をすえられたのかなぁ。

スポーツにカツNO.13 001 卒業後の彼女の輝かしい活躍は、皆さんがご存じの通りです。私もその範囲を超えません。ただ、彼女がTVに出たり、新聞で報道される度に、私は彼女の笑顔と耳に残っているおっとりとした口調をいつも思い出していました。

 彼女が現役を引退して、名前を「永田」に変えてから、一度だけ彼女に対面する機会がありました。あるパーティー会場での話です。私は彼女の存在に気づいて、話題の中心にいる彼女のもとに近付いていくと、彼女はこう挨拶してくれました。

「あっ、久米さーーん、ご無沙汰していまーーす」
 彼女の顔は、やはり昔と変わらない笑顔に溢れていました。

 七恵ちゃん、お疲れ様。あなたは先駆者だったんですね。僕はその後あなたに何があったのかちっとも知らなくて、あなたが活躍していた時だけしか知らなくて。そしてあなたは、かつての学生の頃のように「お先に失礼しまーーす」といって、先に逝ってしまいました。ぺこり、と頭を下げて・・・。

ゆっくりとおやすみください、七恵ちゃん。合掌。

久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)