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月刊スポーツメディスン最新刊紹介
月刊スポーツメディスンNo.214(2019年10月号)←詳細&購入はここ!
SQ214表紙画像サイズ
『特集 ファンクションを見る眼」
1.「「ファンクションを見る眼」を語る」
川野哲英・FTEX Institute 代表、はちすばクリニック副院長
 
2.「ファンクショナル・テーピングの考え方と、実施に際しての機能評価、実際の方法の概要」
小林寛和・日本福祉大学 健康科学部 リハビリテーション学科 理学療法学専攻

3.「機能的足底板(Functional Orthotics Insole:FOI)」
原田昭彦・一般財団法人弘潤会 野崎東病院 アスレティックリハビリテーションセンター リハビリテーション部課長、PT、JSPO-AT

4.「ファンクショナル・エクササイズの基本的な考え方、運動・関節運動の捉え方」
川口浩太郎・PT、PhD、JSPO-AT、兵庫医療大学リハビリテーション学部 FTEX Institute FEXリーダーズ・ユニット


なにくそ

早川徳次(とくじ)という人を知っていますか?

 非常に貧乏な家に生まれ、母親が病気にで亡くなり、2才半で養子に出されました。
行った先は貧乏だったけど、養母は愛情をたっぷり注いで育てました。
しかし5歳の時、その養母も亡くなってしまいました。

 次に来た継母が、なぜか早川少年を深く憎み、殴る蹴るは当たり前。
真冬に公衆便所の糞つぼの中に突き落として放置したことがあり、驚いて近所の人々が助け出したのですが、継母は子供を井戸まで 引きずって行き、厳寒の中、罵声とともに井戸の水を浴びせ続けたといいます。

 食事もしばしば与えられなかったそうで、これ以上の虐待があるのかというくらいの目に合って幼少時代をすごしたそうです。

 学校も、「勉強なんかさせてやらん。働け。」と言う訳で、小学校を2年で中退させられました。

 8才の時、この状況を見かねた近所の盲目の女性が、早川少年の手を引いて、かざり職の丁稚奉公に連れて行ってくれました。

 晩年に成っても早川徳次は、「この時の女性の手のぬくもりを、私は生涯忘れる事ができない。」と述懐しておられたと言います。

 そして19才の時に最初の特許、穴を開けないでベルトを締められるバックル、『徳尾錠』を考案(いまでもその方式が使われています。)

 早川徳次はこれで独立しました。

 22才の時に、シャープペンシルを考案。

 黒鉛の棒などを金属ではさむと、軽い力でも強固に固定できると言う現象を利用したもので、かざり職時代に勉強した金属の特性を利用した発明でした。

DSC_0027ブログ用 そしてシャープペンシルは日米で特許を取り、事業は軌道に乗りました。

 しかし30才の時、関東大震災に被災し、ほとんどすべての工場と営業所を失ってしまいました。
しかもその震災で最愛なる妻と2人の子どもが自らの目の前で死んでいった・・・。

 失意のどん底にいた早川にさらに追い打ちがかかります。
借金返済のため、シャープペンシルの特許権を日本文房具に取られてしまいました。

 さすがにこの時は、「何もかも、元に戻ってしまった。」と言って泣きに泣いたそうです。汽車から飛び降りて自殺しようかとも考えたそうですが、その汽車の中で「もう一度何かやってやろう!」という風に心を切り替えました。

 どうすればこんなに早く前向きな気持ちに転換できるのでしょう・・・。

 そしてすぐ翌年、早川金属工業研究所を設立。鉱石を使ったラジオ開発に、果敢な挑戦を開始しました。

 しかし社会は、壊滅した首都東京のダメージと有名な『震災手形』で、不況から恐慌へ、そして戦争へと向かっていました。

 経営は非常に苦しい状態が長く続いたようです。しかし早川徳次は、どれほど苦しい中でも貧しい人、不幸な人、身障者に対して、援助の手を差し伸べ続けたそうです。

 そしてその会社は“SHARP”となって世界中の人々に愛されています。

 小学校2年で中退し、勉強をしたくてもできない環境にいながら、前向きに自分の能力を高めたこと、幼少期に愛情を注がれなかったにも拘らず、社会を恨まずに、自分と同じような境遇を合わせることがあってはダメだと奉仕の精神を持ち続けたこと、幾多の困難に遭遇してもポジティブに行動されたことこそが、早川徳次の凄さであり、今の繁栄に繋がっているように思います。

早川徳次は、サインを求められると必ず、

 「なにくそ」

 と書いたと言います。

 「なにくそ」は、今の現状を他人のせいにするのでもなく、世の中のせいにするのでもなく、しっかりと受容して自分自身を奮い立たせる時の言葉だと思います。

 数年前に他界した私の祖父が、脳出血で左半身麻痺になり、一緒に歩行訓練していた時に「なにくそっ」といいながら一歩一歩足を出していたのを思い出します。

 つらいことは山ほどあります。でもその時に人のせいにせず、社会のせいにせず、「なにくそ精神」で乗り越えていこうと思います。

※シャープの経営理念は、シャープHPより引用しました。


ReCo代表 吉村直心
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