FC2ブログ
 
         スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
月刊スポーツメディスン最新刊紹介
月刊スポーツメディスンNo.210(2019年5・6月合併号)←詳細&購入はここ!
210表紙
『特集 セラピストの手の使い方」
── 治療技術の向上のために
 
1.「肩関節疾患を診るうえでのセラピストの手の使い方」
勝木秀治・関東労災病院 中央リハビリテーション部理学療法士、専門理学療法士(運動器)東海大学医学部 基礎医学系生体構造機能学領域
 
2.「体幹、下肢のスポーツ障害への運動療法で大事なセラピストの手の使い方」
園部俊晴・コンディショニング・ラボ(インソールとからだコンディショニング専門院)
理学療法士、運動と医学の出版社代表取締役社長

3.「臨床動作促通法の紹介」──正しい動作に誘導するために
鈴木俊明・関西医療大学大学院 保健医療学研究科
 

指導言葉とカップリング

久米先生顔イラスト ブログ 私は、“スポーツの指導”に携わって、もう30年になります。もともと他人に教えることが大好きで、中学校のときも、後輩にバスケットのドリブルシュートを、体育館の裏のコートで延々と教えていた記憶があります。しかし、誰に教えていたかという記憶はありません。つまり、教えること自体が楽しかったのです。

 ある時、大学ラクビー界では知らない人はいない、というほどの名監督とお話しするチャンスがありました。大学の先輩なのです。その先輩が監督を始めた頃の話に移ったとき

「僕は、選手のすべて(の動き)が気に入らなかった」といったのです。

「すべてといいますと?」と私は水を向けてみました。

「すべてです。足の出し方、手の使い方、すべてです。だから、選手にはかなりしつこい監督だなぁっと思われたと思いますよ」と先輩は笑っておっしゃったのです。

 それを聞いた私は、“わが意を得たり”とばかり、「私もそうです」と言い掛けたとき、先輩は「でも、今はそのような指導はしません」と言いました。

 こんなこともありました。私の母校、日本体育大学の理事長をお勤めになり、学生ハンドボール界では芝浦工業大学を率いて一世を風靡した故高嶋冽先生とお話しできる機会がありました。せっかく大監督に謁見できるのだから、“勝つコツ”を伝授してもらおうと意気込んで、あるとき先生に聞いてみました。

「先生、なぜあんなに勝つことができたんですか?」

 でも、先生の答えは

「いやねぇ、僕が練習や試合に行くでしょう。そうすると、やつら、やたら張り切るんですよ」。

 その後、何回同じ質問をしても、答えは同じだったのです。

 指導者は何によって指導するかと聞かれたら、私は“言葉”によって、と答えるでしょう。でも、「では、どんな言葉によってか」と聞かれたら、どうしますか。

スポーツにカツ29 001 ここで言う“言葉”とは、言い換えればコミュニケーションのことです。つまり、先の質問は、コーチは選手とどのようにコミュニケーションをとるべきか、と言い換えることができます。

『人間コミュニケーションの語用論』(P.ワツラウィックら 尾川丈一訳 二瓶社)には、コミュニケーションの公理、つまりコミュニケーション理論の出発点となる定義が5つ書かれています。

 そのひとつをご紹介すると、「すべての人間の行動はコミュニケーションである」です。

 これは、人間のコミュニケーションは、何も口に出すだけではなく、表情や行動にも現れる、ということなのです。もし、選手がコーチの話を横向いて聞いていたら、その二人にコミュニケーションは成立していると、皆さんは思いますか。このとき、選手はコーチの言葉に遠心的に拒否反応を示しているのです。

 また、同公理の2番目では「すべてのコミュニケーションは内容と関係の両面を持つ」とも言っています。つまり、同じ言葉が使われても、コミュニケーションをとっている相手との関係性で、相手が受け取る内容が変わってくるというのです。だれだって、知らない人に“バカ!”といわれたら、腹が立ちます。でも、恋人に“バカ”といわれたら、どうします? 私なら、慌てます。

 このように、コミュニケーションとは、相手との関係性と内容がカップリングして初めて成立するものなのです。選手との関係性を成立させずに、内容を押し付けても駄目だ、ということですね。

 私の先輩で、ラクビーの名監督は、ここに気づいたのだと思います。高嶋先生も、人は単なる言語指示では動かないよ、と言いたかったのだなぁと想ったとき、「どうですかねぇ、それは」と言って右の人差し指で頬を撫でながら、笑っている先生の顔が見えた気がしました。


久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)


スポンサーサイト