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月刊スポーツメディスン最新刊紹介
月刊スポーツメディスンNo.210(2019年5・6月合併号)←詳細&購入はここ!
210表紙
『特集 セラピストの手の使い方」
── 治療技術の向上のために
 
1.「肩関節疾患を診るうえでのセラピストの手の使い方」
勝木秀治・関東労災病院 中央リハビリテーション部理学療法士、専門理学療法士(運動器)東海大学医学部 基礎医学系生体構造機能学領域
 
2.「体幹、下肢のスポーツ障害への運動療法で大事なセラピストの手の使い方」
園部俊晴・コンディショニング・ラボ(インソールとからだコンディショニング専門院)
理学療法士、運動と医学の出版社代表取締役社長

3.「臨床動作促通法の紹介」──正しい動作に誘導するために
鈴木俊明・関西医療大学大学院 保健医療学研究科
 

弊誌でも紹介した東京スポーツ整形外科研修会 スポーツリハビリテーションワークショップの第2回が以下のとおり開催されます。

テーマ:「投球障害肩」
日時:平成22年1月16日 (土) 16:00~20:00
会場:東京医科歯科大学5号館4F講堂(東京都文京区湯島1-5-45)
内容:
講義「投球障害肩の診かた」 
座長 横浜南共済病院 スポーツ整形外科 山崎哲也先生           
    同愛記念病院 整形外科        中川照彦先生
    東京医科歯科大学 大学院運動器外科学分野 八木茂典先生
ワークショップ「投球障害肩の診かた治しかた」
座長 船橋整形外科病院 スポーツ医学センター 菅谷啓之先生
    (有)フィジストレーナー 山口光國先生

※定員 100名
※参加費 2,000円
※終了後に情報交換会を予定しております。

申し込み方法:このサイトをご参照下さい。
〒113-8519 東京都文京区湯島1-5-45
東京医科歯科大学大学院運動器外科学分野
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カツ手な思い込み

久米先生顔イラスト ブログ 誰だって、ひとつぐらい勝手に自分で思い込んでいることってありますよね。たとえば、職場の同僚が、いつも自分に対して批判的な言葉ばかり発するので、てっきりこの相手は自分のことが嫌いだと思っていたら違った、なんてことはよくあることです。もっとも私の場合は、何かと自分に親切なので、この人は私に好意を持っているんだろうなぁとニヤニヤしていたら全然違った、風の勘違いほうが多いのですが。

 いずれにしても、この種の勘違いの原因は“相手をよく知らない”ことにあるのではないでしょうか。とくに、表面上の情報だけを頼りに相手を判断すると、こういった羽目に陥いるような気がします。

 「健康」という概念にも、同じようなことが言えるのではないでしょうか。世間一般でよく言われる“健康の定義”に“肉体的にも、精神的にも、社会的にも健全な状態を健康という”というのがありますが、これほどわかったようで、もう一度読んでみるとどうも分かりにくい定義はないと思います。

 先ず“肉体的にも”の部分ですが、皆さんはこの部分を読んで、どのような肉体をイメージしますか?続いて“精神的にも”の部分についても、同じように考えてください。この定義は、確か中学校の保健体育の時間にならった記憶があります。そして、実はこれが抜き差しならぬ先入観を、私たちに植え付けているのです。

スポーツにカツ32 008 先週の金曜日から3日間、私は新横浜駅から歩いてほど近い「障害者スポーツセンター横浜ラポール」に行ってきました。目的は、「平成21年度障害者スポーツトレーナー養成講習会」に参加するためです。
 
 以前このブログでもご報告しましたが、ほんの2週間前には、今回と同じ(財)日本障害者スポーツ協会が主催する「中級スポーツ指導員養成講習会」に参加させていただいたばかりですが、今回の講習会は、参加資格が日本体育協会公認ATの資格を持っているか、理学療法士、作業療法士、柔道整復師などの有資格に限定されていたため、講習内容もかなり専門的な内容に設定されていたように思えます。

 私は、この2回の講習会を通して多くの障害を持つ人々のお話を聞く機会に恵まれましたが、そこでひとつ気になることがあったのです。それは、その方々が私たちに紹介されるとき、必ずと言っていいほど「この方は○○の理由で下肢を切断しました」とか、「こんな理由で視力障害になりました」とか紹介されることでした。

 私は、それを聞いていて「いやじゃないのかなぁ」とか「一番知られたくないところを言われているんじゃないのかなぁ」と気にしていたのです。で、ある時思い切って、病気によって下肢を切断した女性にそのことを聞いてみました。すると、彼女からは「もう馴れました。というか、これは私の個性と、今は感じています」という答えが返ってきたのです。この“個性”発言には、私は正直びっくりです。

 「人が太っていたり、痩せていたりするように、私には下肢に障害がある。これを自分の個性として受け入れる」。この発言を受け入れることに、むしろ私のほうが多少の時間を必要としましたが、彼女の豊かな微笑みを見ているうちに自分のなかで納得できた気がしました。

 「足がなかったら、歩けないのでしょうか、スポーツは無理ですか?」。「手がなかったら、食事はできませんか、ボールを打ち返すことはできないのですか?」。私のなかに沈殿していた“勝手な思い込み”が、今回の出会いで、いくつもはじけて消えていったのです。
 

久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)