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         スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
月刊スポーツメディスン最新刊紹介
月刊スポーツメディスンNo.210(2019年5・6月合併号)←詳細&購入はここ!
210表紙
『特集 セラピストの手の使い方」
── 治療技術の向上のために
 
1.「肩関節疾患を診るうえでのセラピストの手の使い方」
勝木秀治・関東労災病院 中央リハビリテーション部理学療法士、専門理学療法士(運動器)東海大学医学部 基礎医学系生体構造機能学領域
 
2.「体幹、下肢のスポーツ障害への運動療法で大事なセラピストの手の使い方」
園部俊晴・コンディショニング・ラボ(インソールとからだコンディショニング専門院)
理学療法士、運動と医学の出版社代表取締役社長

3.「臨床動作促通法の紹介」──正しい動作に誘導するために
鈴木俊明・関西医療大学大学院 保健医療学研究科
 

MFAセミナー「食にこだわるトレーナーのダイエット法」の案内が届きましたので、紹介させていただきます。


MFAセミナー「食にこだわるトレーナーのダイエット法」

日程/平成22年2月24日(水)

時間/19:00~20:30

会場/大阪ハイテクノロジー専門学校スポーツ棟(大阪市淀川区宮原1-5-7)

内容/食生活とウエイトコントロールの基礎理論について学んでいただいた後、ウエイトコントロールに効果的な食事内容とトレーニングプログラムの例を提示しながら、目標に応じたアドバイス及び指導方法について学習していただきます。
*健康運動指導士(実践指導者)及びNSCAの資格継続のための単位として申請中。

講師/高津諭(CSCS,NSCA-CPT,NESTA-PFT,JATI-ATI)

受講料/一般3,000円 MFA会員2,000円(学生は半額)

問い合わせ先
(社)メディカル・フィットネス協会
事務局 
TEL:06-6101-2322 FAX:06-6101-0665
E-mail:mfa@mfa.or.jp 
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絶対に必要というわけではない手術


WBCフライ級タイトルマッチ燃えましたね~。亀田興毅選手が見事な勝利を収めましたが、内藤選手の捨て身で前へでる攻撃に感動を覚えました。あれだけ左ストレートを何度も食らっていると普通ビビって飛び込めなくなると思いますが……。

先の不安や過去の失敗を考えるとなかなか前に進めないことが多いです。負けはしましたが、内藤選手の気迫がこもった前進に敬意を表したいと思います。


先日、肩の反復性脱臼の女子バスケット選手の治療を行いました。

6月28日受傷で、主訴は『肩が上がらない(90度くらい)。』『上げると痛い。』ということでした。肩は受傷後からずっと同じような状態で、整形外科医からはデブリドマン(肩の中を掃除する手術)を勧められていました。

診てみると、上腕骨頭が前方に変位しており、手をあげると前下方に骨頭が滑り落ちていました。肩は前方、下方にルーズで肩甲骨の動きも悪い状態でした。

治療は、上腕骨頭の前方変位を抑えること、肩甲骨の動きを改善すること、肩関節の固有感覚を改善すること、肩関節と肩甲骨の連動性を改善することを目的に進めていきました。


結果は約60分の治療で肩の全可動域の挙上が可能になりました。

治療の翌日にバスケの試合に出て、23得点をあげ得点王になったそうです。


言いたいことは、保存療法で症状が改善しないので手術という安易な考えを修正すべきではないかということです。

手術はたとえ低侵襲なものであっても患者の精神的、肉体的、金銭的負担は大きいものです。

手術で改善する場合もありますが、そうではない場合もある。一時的な改善のみで中長期的には同じ状態に戻る人も多いように思います。

絶対に必要な手術、あまり必要ではない手術の判別を患者はすることができません。


この症例はどうだったのでしょうか……?


わたしはデブリドマンしても肩のルーズな状態は変わらないので、一時的には改善するかもしれないがまた同じ状態に戻ると思いました。今までそういった症例を多く見てきましたので……。

だからルーズな肩の状態を改善し、安定した機能を作ってあげることの方が優先だと考えました。


保存療法で効果が見られないならば、まず保存療法の中身を見直す必要があると思います。一人のセラピストでは絶対に限界があります。何人かでディスカッションしたり、他のセラピストが治療したりすると今まで足りてなかった部分が現れると思います。


絶対に必要というわけではない手術をする場合は、保存療法の中身をチームで見直してから行う必要があります。

私どもの医療チームでも改めて考える機会を与えてもらいました。


感謝……。

ReCo代表 吉村直心


  また神戸の街にルミナリエの光が溢れる季節になりました。阪神・淡路大震災から14年。震災の年に生まれた子どもはすでに中学生に…。鎮魂の灯と12月のディナー。ハルキストでなくても、今月はぜひこの一皿を。

ルミナリエ(文・料理/大仁浩子・もも家店主)

ルミナリエ 塾に出かける前にもう一度、深鍋のグラーシュに火を入れておこうと、ボクはキッチンに立った。姪がルミナリエから帰るのが9時頃。姉貴もその頃残業が終わると、メールがあった。ルミナリエは今年で15回目。あの地震から14年の月日が流れたが、ボクはあの日から何ひとつ、前へ進んでいない気がする。

 母が一人で住んでいた御影の家は、古いけれど奇跡のように地震に耐えた。ところが、住吉のボクのマンションは傾き、姉貴夫婦の社宅は倒壊。再び母の家で姉弟が暮すことになった。義理の兄は名古屋に出張中で、連絡も取れないまま数日が過ぎ、兄は以来、名古屋に住んでいる。つまり、姉夫婦はその日を境に今も離れて暮している。

 そして、その年の五月に姪が生まれた。街中がまだ混乱し、道路は瓦礫に埋もれていた。それでも四月には倒れなかった桜の木が満開になり、何事もなかったように五月には若葉が風にそよいだ。五月生まれの女の子だから英語のMay(五月)から「メイ」とボクが名付けた。父親にはポラロイド写真を一枚、送った。

 すべての日常が狂ってしまっていたので、そんな大変なことも、まるでブロック塀が倒れて壊れました、と同じくらいにしか感じられなかった。どこか感覚がズレてしまっていたのかもしれない。
 姉貴に言わせれば、そもそも結婚当初から少しずつ行き違いがあり、それは心の底でマグマのようになり、やがてうねりはじめ、地震とともにそれが液状化しただけなのだと。

 ボクは西宮のK学院で村上春樹氏の父上、千秋先生から国語を教わった。先生は授業のはじめに1、2、3と席次順に出席を数字で名乗るようにと教えておられた。ある日、20番の級友が20ではなく、「ハタチ」と告げた。先生はゆっくりと、顔をあげられ、数の20と二十歳(ハタチ)に込められた日本語の意味について述べられた。

 それは次第に言葉の大切さについての講義になり、全員が打たれたように粛々と授業を受けた。静かで気迫に満ちた授業だった。

 それはボクが春樹氏の作品を読む理由のひとつになった。だから連作「地震のあとで」が新潮の9月号から掲載された時も、ボクは地震の意味を問うように読み続けた。

 連作に登場する人々は神戸で地震にあったわけではないのだが、心の中に封じ込めてあった思いが(地震で大地の裂け目から地中が液状化したように)、それによって突然現れてくるという物語。ひとつの街で起きた大きな揺れは波紋のように人々の心を揺さぶってゆく。釧路で茨城で東京で、そして異国のタイで。余震のように、物語はボクと共振していたのだった。

 メイを迎えに元町まで足をのばした。ルミナリエは天空の教会へと続く光の回廊のよう。さまざまの記憶と鎮魂を胸に、人々はその下を歩く。少なくともボクは。しかし、姪のメイ(発音すると紛らわしい名だ)にはルミナリエはいささか違う意味を持っているようだ。

 「おじさん、あのさあ、東遊園地の丸いドームのルミナリエ、なんか光に包まれて感動でしょ。友達はあそこでコクられたんだって」。

 コクられる?「つまり、ボーイフレンドから好きだと告白されることよ。告(コク)られるっていうの」。

 ボクは千秋先生の生徒だった。「告」に「られる」という助動詞の日本語に反対したい。「告げられる」というべきだ、とメイに言うと、「塾の先生は、アッタマ、固ッ! 古すぎ」とニベもない。どうやら、ルミナリエは神戸のクリスマスのロマンチックプレイスとしてイベント化されてしまったようだ。無理もない。「あの日」から後の世代は、街が一度失われたことを記憶していないのだから。

 けれど、ボクは奇妙な家族の父親役として、あの日からのことをメイに話そう。あの時からメイの周りの大人達、ボクと姉貴と本当のパパは今も揺れ続けていることを。

 メイの想像力を信じていれば、春樹氏が、連作の中で語っているように「芽キャベツを茹でるよりは、いくぶん手間がかかるかな、という程度の」手間で、メイは軽々と大人の仲間入りをするだろう。過ぎてしまえば、14年間さえ、芽キャベツを茹でるくらい短かったと、ボクはルミナリエを見上げた。

*神戸ルミナリエ
神戸のクリスマスシーズンを彩るルミナリエ。阪神・淡路大震災の鎮魂と再生を託してはじまりました。今年の作品テーマは「光の抱擁」。
会場/旧外国人居留地、東遊園地
会期/12月3日(木)~12月14日(月)18:00から点灯。



もも家のフードレシピ
■牛肉のグラーシュ

レシピ大村上春樹氏の作品と共にその生活スタイルまで熱愛するファンをハルキストと言うそう。特に文中で供される料理の数々に刺激され、自分で作ってみるという諸氏に沢山出会いました。それで、もも家の12月は、春樹氏の「村上朝日堂」のコラムからハンガリー・グラーシュを。食後には氏にならって、ラム酒入りのコーヒー。

詳しくは、新潮文庫「村上朝日堂」をご覧下さい。それでは、ハンガリーの代表的な料理、グラーシュ(Gulyas、正確にはaの上に°がつく)を。パプリカの風味が魅力的な寒い冬の暖かな一皿です。(イラスト/横江節子・神戸市垂水区在住)


jumee☆recipe1Ljumee☆recipe1R 材料(4人前)
牛肉 400g(カレー用として売っているサイコロ状のもの。なければ赤身の薄切りでも充分です)
玉ネギ 大1個
人参 大1本
トマトの水煮缶 400g 1缶(イタリアのポモロードを使いました。なければ、トマトジュースと生の完熟トマトの種を抜いてお使い下さい)
赤のカラーピーマン 大2個
ニンニク 1片
固型スープ 1個
パプリカ 大4(粉状のパプリカスパイス)
塩こしょう
小麦粉 大1
オリーブ油(サラダ油)
砂糖 小2
ゴーケガルニ(香りつけに今回はセロリの葉、ローズマリーの枝、ベイリーフ2枚)

jumee☆cooking1Ljumee☆cooking1R 作り方
イラスト01①ブーケガルニを作ります。ベイリーフは葉に切り込みを入れると、香りが立ちます。スープの中でははずれないようにセロリ、ローズマリー、ベイリーフを木綿糸で結わえておきます。

②玉ネギ……みじん切り
 ニンニク……みじん切り
 赤ピーマン……1cmの角切り
 人参……5mmの角切り
 牛肉……お皿に広げ、塩(小1)こしょう(少々)、オリーブオイル(小1)でマリネしておきます。

③フライパンにサラダ油(大2)を入れ、ニンニクを入れ、火をつけて、弱火で香りを出します。マリネしておいた牛肉を入れ、ころがしながら全面に焼き色をつけます。
イラスト02玉ネギを入れ、軽く塩こしょうして、玉ネギが半透明になるまでいため、人参を加えます。全体がなじんできたら、小麦粉(大1)を振り入れ、ざっといため合わせ、深鍋に移します。

④鍋に赤ピーマン、トマトの水煮缶(400g)、水600cc、スープキューブ1個、あれば赤ワイン50ccを加え、①で作ったブーケガルニを入れ、静かに20分煮込みます。浮いてきたアクを取り、途中でブーケガルニも引き上げます。仕上げに今回の主役パプリカ(大4)を振り入れます。パプリカは甘い香りと爽やかな辛味があり、沢山使っても大丈夫です。かくし味に砂糖小2(あればオイスターソース大1も)、塩、粗びき黒こしょうで味をととのえます。

■シンプルなクレソンサラダ
クレソンの緑、トマトの赤でクリスマスカラーのシンプルなサラダをあわせました。

イラスト03jumee☆recipe1Ljumee☆recipe1R 材料
クレソン 1束
トマト 大1個

jumee☆cooking1Ljumee☆cooking1R 作り方
①トマトは頭に十文字に浅く切れ目を入れ、茎の部分に深くフォークを刺し、火にかざします(全体で5秒くらいですよ)。頭のほうから薄皮が簡単にむけます。
 厚めの輪切りにし、種を抜き、塩ほんの少々と砂糖(小1)を振っておきます。

②ボールの中をニンニクの切り口でぬぐって、香りを移し、クレソンを手でちぎって(茎のほうは短く)いれ、トマトのざく切りを加え、塩(小2)こしょう・酢(大1)、オリーブオイル(大1)を入れ、混ぜ合わせて出来上がり。イラスト04

カリッと焼いたパン、数種のチーズ、赤ワインを添えて、12月のディナーをどうぞ。

そうそう、食後にはラム酒入りのコーヒーでしたね。寒さはこれから。
どうぞお元気で冬をお過ごし下さいますよう。


編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

〔もも家〕
TEL:078-391-2466
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通1-7-20 前川ビル2F
(三宮駅の北、徒歩5分)


先月のアクセス総数は9937、ユニークアクセスは5377、初回訪問者は2468でした。

総数、ユニークとも先月の過去最高を上回る数字です。もう少しで総数1万になりそうで、嬉しい限りです。

大学の数が顕著に増えてきました。今年もあとひと月。12月はどのようになるでしょうか。

これからもよろしくお願いします。(清家輝文)