スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
新年を迎えて気分も変わりました。少し遅くなりましたが、「もも家」のフードレシピをお届けします。お正月にふさわしいお話とお料理です。ぜひ、お試し下さい。

(文・料理/大仁浩子・もも家店主、イラスト/横江節子・神戸垂水区在住)

イラスト1
 十日戎を過ぎると、お正月の華やかさもどこへやら。ただ、日の光が急に明るくなり、その光の中に新年の清々しさが残っている。日の当たる坂道をゆるゆる登って、神社の脇を抜けたところに伯父の家があった。この家は戦前からの古い家で、奇跡的に神戸空襲を免れたが、離れの蔵には焼夷弾が落ち、大切な家財を失くした。今でも伯母は、お正月には金屏風を立てたもんやけど、それも焼けてしもたなあ、と思い出していう。蔵が失くなった分、伯父の家には広い庭が残った。暮れのうちに、丸く刈り込まれた山茶花は、薄紅の花が満開で大きな雪洞(ぼんぼり)のよう。時間が止まったようなその屋敷に、地面に散った花びらの数が流れた刻を知らせていた。裏にまわって格子戸を開け、「新年のあいさつが遅くなって」と、声を掛けると、廊下の向こうから、着物に白い割烹着の伯母が小走りに出てきた。

 「丁度、ええ時に来てくれたわ。今日は、ほれ、伯父さんの初稽古やよって、職分家から若先生がお見えの日なんよ。ちょっとあがって、お茶の用意を頼みますわ」と言う。幼い頃から勝手を知った台所。手早くお茶を注ぎ終わると、伯母が現れて「ほんとに、まあ。若先生は姿良しの声良しで」とうきうきした声で、お盆のお茶を奥へと運んでいった。座敷から朗々と声が響いてくる。「とうとうたらりたらりら、たらりあがりららりとう」。伯父が続けて、「ちりやたらりたらりら。たらりあがりららりとう」と謡っている。それからは、交互に「ところ千代までおわしませ」「われらも千秋さむらはん」「鶴と亀との齢にて」「さいわい心にまかせたり」「とうとうたらりたらりら」「ちりや、たらりたらりら、たらりあがりららりとう」。

そこまで謡い交わすと、伯父はいかにも楽しげに、「やはり、新年の事始に翁を謡うと、心が引き締まる思いがしますなあ」と言い、「あけましておめでとうございます」と重々しく挨拶をした。

謡曲「翁」は新春能舞台で、新年を祝って神に捧げられる能。筋書きはなく、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を願って祝の儀式に舞われるという。「そやから、とうとうたらりは神さんへの祈りの言葉らしいわ」と伯母が言った。それから「あの人は謡がなかったら生きられへんかったやろなあ。そやから、新年に、翁が謡えるのはありがたいことや」と、しみじみと言った。昭和20年8月。戦争が終わっても戦地からの伯父の消息は途絶えたままだった。秋風が吹くようになった晩、栄養失調のボロボロの姿で伯父が幽霊のように玄関に立っていたという。

 それから数年は、寝ていても夢にうなされ、何度も夢遊病者のように家の外に出て行った。その伯父を、現実の世界へとしっかり連れ戻したのは謡曲。伯父さんのお父さんが習っていた謡曲本が押入れから出てきた時だった。紺に千鳥の舞う絵柄の謡本を「なつかしいなあ」と手にとり涙を流したのだ、という。

「お父さんの声が聞こえましたんやろ」と伯母が言った。少しずつ病が癒えて、伯父は小さな貿易会社に勤め、趣味で謡曲を習い始めた。北支での戦争体験を何ひとつ語ろうとせず、心の奥深くに封印していた伯父が、ひとつだけ伯母に聞かせた中国語があった。それは「マンマンデー(慢慢的)」。マンマンデーは、気楽にゆっくり行こう。あくせくしても仕方ない、といういかにも大らかな大陸の言葉だった。その言葉は、戦後を生きる伯父の心を慰め、暮らしの指針でもあった。

「あの人はなんでもマンマンデー。古い家やから、大雨の日に天井から雨漏りしますやろ。えらいことや、言うと、マンマンデーと言うだけ。ほんまに。バケツ持って走るのは私やさかいになあ」とこぼしていた。

 そして、その伯母の口癖は、おひさん、にしにし。「お日さん西西はな、私らがあくせくしている時も、お日様はいつも通りに、何事もなかったように昇って、そして西へ沈みはる。のんびり構えて、心配せんといきまひょ、ということや」と教えてくれた。それは、戦前戦後と伯父を支え、しっかり生き抜いた伯母がたどりついた知恵だった。

「お稽古が済んだら、一献、おふるまいをするよって、あんたもお相伴して帰りなはれ」と伯母は酒と肴の用意をはじめた。そして、「聞いておみ。あの人はいつまで習うても、上手になりはらへんやろ。私には、とうとうたらりが、のんべんだらりに聞こえますがな」と、いかにも愉快そうに笑った。そんな伯母の陰口にも「能は奥が深い。マンマンデーや」と伯父は答えたという。

 磨かれた廊下に新春の光がおだやかに射している。ガラス戸越しに庭を見ると、山茶花の花びらが降り積もって、地面が薄紅に染まっていた。あの頃、つつましくても、あたたかな昭和のお正月が、たしかにそこにあった。

*車の翁舞(国指定重要無形民俗文化財)
車大歳神社で新年1月14日午後7時より。翁舞を奉納する神事。
神事に向けて、1月8日から準備、稽古が始まり、14日の宮入り後、拝殿において、翁舞が約1時間舞い納められます。大歳神社は妙法寺川沿いに登った小さな神社。農村風景が広がっています。地区の人々が大切に守り、伝承されてきたことは、折敷に載せられたお供えにもうかがえます(カット参照)。
お供えに必要な海のもの、山のもの、里のもの(ごまめ、干ししいたけ、大根、人参、高野豆腐)がすべてコンパクトに備わり、金赤の水引でまとめられた、つつましさと晴れやかさのある日本的な美しいものです。
「翁」は現在の能では、千歳(センザイ)・翁(オキナ)・三番叟(サンバンソウ)の3部構成ですが、古くはそれに「父尉(チチノジョウ)」が加わる4部構成。車の翁舞には、この父尉を伝えており、「よく古態を守り、変遷を示すのに重要」と、重要無形民俗文化財に指定されました。
車大歳(クルマオオトシ)神社:神戸市須磨区車・字松が原
JR「新長田」下車、市バスで「車大道」下車。


「もも家」のフードレシピ

お餅の福蒸し
イラスト2
皆様、あけましておめでとうございます。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
 さて、近頃では、一年を通じて、真空包装のお餅が手に入るようになりました。けれど、お正月に搗きたてのお餅をいただくうれしさは、また格別ですね。
 お正月のおめでたい気持ちを小さな器に閉じ込めた、お餅の福蒸し。
 ちょっとしたおもてなしや、夜寒に頑張る受験生にも、ぜひお作り下さい。


 材料(4~6人分)
鶏ミンチ   350g
れんこん   100g
生椎茸     50g
丸餅     人数分
卵      1/2個
最後にかけるだし汁とワサビ少々





 作り方
イラスト3①ボールに鶏ミンチを入れ、塩小1とコショウ少々、醤油小2を入れ、ざっくりまぜておく。

②れんこんは皮をむき、椎茸は石突を取っておく。それぞれを3~4mm角に切り、①を入れる。

③片栗粉大2、溶き卵1/2個、水100ccを入れ、ざっくりまぜて、6等分に丸めておく。

④フライパンに油小1を入れ、片面3分、ふたをして1分、裏返して、きつね色になるように焼く。

⑤茶碗蒸しの器に、焼きあがった④を入れる。丸餅に十文字に切れ目を入れ、上にのせる。アルミ箔でふたをする。

⑥深めのふたつきのお鍋に⑤を入れ、器の半分くらいの水を入れ、ふたを少しずらして、蒸気を逃がしながら中火で10~15分蒸す。蒸し時間はお鍋の固さによりますので、加減して下さい。お餅がトロリと柔らかくなったら、取り出しておく。イラスト4jpg 

⑦別鍋に、おすましより濃い目に作っただし汁を作り、片栗粉(水と同量で溶いておく)を少しずつ加え、トロリとした銀餡を作り、⑥に注ぐ。
  練りワサビを上にのせて出来上がり。
熱々の福蒸しをお召し上がり下さい。
 今回は、鶏団子を入れましたが、おせちで残った具材をすべてあられ状の角切りにし、上にお餅を入れて蒸すと、器の中から具材が次々と宝箱のように飛び出して、それも面白い趣向となります。どうぞ、お試し下さい。

編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

〔もも家〕
TEL:078-391-2466
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通1-7-20 前川ビル2F
(三宮駅の北、徒歩5分)
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