スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
またあの8月がやってきました。戦争を知る人も少なくなっていきますが、忘れてはならないこと。
今月のこのコーナーは、夏の風物詩とはいえ、人によって思いの異なる花火と、レシピは夏の野菜、なすをつかった「翡翠なす」です。

遠い花火(文・料理/大仁浩子・「もも家」店主、イラスト/横江節子・神戸市垂水区在住)

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 昔の道は、人家が途絶えると本当の暗闇が待っていた。今夜は花火大会。前を歩く、父の白いシャツが闇に浮かび、その後ろを見失わないようについて歩く。その頃、私の住んでいた地方の町では、草地の練兵場がそのまま残されていて、そこが花火の会場。懐中電灯やうちわや蚊取線香。草原に座っている妹の天花粉の香り。人々のざわめきも花火を待つ気持ちを一層掻き立てる。

 会長さんの挨拶の後に、一発目の花火がドーンと打ち上がる。オーと喚声があがる。これからが花火師の腕の見せ所。人々をさらに驚かせるように、一尺玉の5連発の花火が夜空を焦がす。赤・青・黄色の光が大輪の花と咲いて、頭上に降ってくる。ドドンという爆発音がお腹の中で共振している。じっと夜空を見上げ、次の花火を待っていると、暗闇の中に自分が浮かんでいるような心持ちになる。花火の終わりは、仕掛け花火のナイアガラの滝。次々と点火されて、火の滝となった頃、一陣の風にあおられて仕掛けの火の粉が飛んできた。誰かがギャーと声をあげて、跳びはねるように草の上を転がっていった。

「大丈夫か、ケガはないか」と父が抱いてくれたが、髪の毛から焦げた臭いがした。消防車のサイレンが鳴り、練兵場は騒然となった。家に戻り、明るい電灯の下に座ると、花火を見たことさえ、夢の中の出来事のように思えたが、目の奥で耳の底で、花火の光と音はいつまでも響き続けた。

 翌年になって、花火大会の日が近づくと、花火の美しさより、火の粉の恐さを思い出し、その年には、母と留守番をすることにした。弟や妹達が父と出掛けると、家の中は急に広々とし、ラジオから時報が流れてきた。それを合図のように、遠くから、一発目の花火がドドーンと上がる音が聞こえた。それからはドンドンと矢継ぎ早に爆発音が轟き、パンパンと空中で花火が裂ける音もする。

 母は「まあ、早う終わってしまわんかね。私は花火の音が恐ろしいんよ」と身じろぎもせず、まるで何かに耐えるように花火の音を聞いていた。そういえば、母とは一度も花火見物に出掛けたことがない、と気がついた。

 そんな夜に、母は戦争の話をした。東京の町に、焼夷弾が雨のように降ってきたこと、ドンドンと爆弾が炸裂し、火の手があがり、夜空が赤く燃えていたこと。

「それは地獄やったね。戦争に負ける前に、もう東京はなくなっとったんよ」とポツリと言った。

 それから母は故郷の広島に戻り、夏の青空の中にキノコ雲を見たという。昭和20年8月6日の朝のことだ。

「あの原子爆弾は酷い爆弾やった。人か幽霊かわからんような人達が、うちの田舎にも逃れて来られて。皆、水を下さいと言われたんやと。そやけどね。水を飲ませると死んでしまうと、家族は泣きながら水をあげんかったんよ。後になって、手のほどこしようもなかったんやから、せめて旅立つ前に存分に水を飲ませてやりたかったと、ずいぶん後悔しとられてね。その3日後の9日には、その爆弾が長崎にも落とされて。戦争はむごいことよね。あなた達の8月はうれしい夏休み。そやけどね。私の世代の8月は、あの世に行かれた人を弔う月。盆踊りで、魂を慰めたり、お墓を訪ねたり、花火も、天上に届けるための手向け花かもしれんと、私は考えたりするんよ」。

 花火の音はいつの間にかやんでいた。

「さあ、賑やか組が帰ってくるから、スイカでも切っとこかね」と母は台所へ立った。そんな終戦の8月の話を残して、母もまた、7年前の8月に、短くも激しい闘病生活を過ごして、静かに旅立って行きました。

 たった一度だけだが、高い空の上から花火を見たことがある。飛行機が日本上空にさしかかり、機首を下げた頃、瀬戸内や四国の海岸沿いで打ち上げ花火があがっていた。空から見ると、それは、豆粒ほどの丸い愛らしい光の花で、次々と浮かんでは消え、浮かんで咲いては消えていった。花火は母の言ったように、光の手向け花にも見えた。

それは音のない花火でした。

*第41回みなとこうべ海上花火大会
8月6日(土)19:40~20:30


「もも家」のフードレシピ

翡翠なす


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 夏も盛りの8月。子供たちは夏休み。どこのご家庭でも賑やかなことでしょう。もう、ずっと昔、私達三姉妹の夏休みも、それはそれは賑やかでした。姉妹の舌戦もいよいよ炎上か、というとき、仲裁に入った母が必ず前口上に言う言葉がありました。それは、「親の教えとなすびの花は、千に一つの徒がない。そやから、三人とも、私の言うことをよう聞きなさい」でした。そして、粛々とお説教がはじまるのです。

 今でも、なすを手に取ると、夏休み、なすびの花、そして母、を三代噺のように思い出します。

 なすは品種が多い野菜。その地方ならではのなすが育ち、呼び名があります。数ある野菜のうちでも、なすは夏の思い出と共に味わう野菜だと思います。

 なすは濃紫の皮が美しいのですが、その皮を薄く剥き、火を入れると、鮮やかな翡翠色に。さっと天つゆをかけまわして、目にも涼やかな、翡翠なす、をお召し上がり下さい。


 材料(2人前)
なす 中くらいのもの2本
鶏のササミ 2~3本
オクラ   4本
天つゆ   200cc(かつお出汁にみりん大2、白醤油大1)
片栗粉  大3
塩こしょう 少々
焼酎 大1.5

 作り方

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①ササミは焼酎につけて冷蔵庫で30分、おく。取り出して、筋をとり、1本を3~4本に縦に棒状に切る。塩こしょう少々振っておく。揚げる直前にキッチンペーパーで水気をとり、片栗粉を、薄くまぶしつける。

②オクラは塩(小1)を振り、表面の細毛をこすって落としておく。ヘタをとり、ヘタのまわりの皮を1周してむき、油の中ではねないように、かくし包丁で5mmくらい皮を切っておく。オクラも水分を除き、片栗粉を薄く、まぶしておく。

③なすは、表面の皮をできるだけ薄くむき、ヘタを落とし、4等分して水にはなして、アク止めをする。キッチンペーパーで水分をとり、片栗粉をまぶす。全面に薄く、ていねいに。

④サラダ油で、なす、オクラ、ササミを揚げる。表面が固く、カリッとしてきたらとり出し、ペーパーで油をとり、器に盛って、天つゆをまわしかける。

★なすは高温で揚げると、色が茶色になるので、中火でゆっくり揚げます。お素麺の上に盛りつけていただくのも、夏らしい一品になります。心が落ち着かない今年の夏。どうぞ、お体を大切に、暑さをしのいでお過ごし下さい。

編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

〔もも家〕
TEL:078-391-2466
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通1-7-20 前川ビル2F
(三宮駅の北、徒歩5分)


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