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         スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
今朝の朝日新聞に、患者にわかりにくい医学用語を改めるというような話が出ていた。「コウゲンビョウ(膠原病)」は、「高原病」とか「抗原病」と思う人が多く、「カガクリョウホウ」も「化学療法」ではなく「科学療法」と思う人が多いとか。「頓服」の「頓」は一回の意味だが、頻繁の意味に取る人も多いとか。(日経新聞には、「予後」「寛解」なども出ていた)

医師や理学療法士、柔道整復師、鍼灸・マッサージ師、トレーナーといった人に取材することが多いが、以前にも書いたように、医学の言葉は妙だなと思うことがあった。

医学の語彙というか、言葉は明治期に、患者にわからないようにとつくられたそうだから、一般にはわからないのが当然と言えば当然。上記のものは新しい用語もあるが、その精神は当初からさほど変わってはいないだろう。やがて時代が移り、患者にわからないようではいけないとなってきたのだろうが、医学の世界はまだまだ閉じた部分があるので、そこでしか使わない日本語がある。

もちろん、専門用語はどの世界にもあるのでそれは別として、「治療に抵抗する」とか「栄養する」「障害する」などというような表現は「?」と思うのが普通。でも、そういう。

「手術を施行する」「資料を供覧する」などむずかしい言い回しも普通にみられる。「手術をする」「資料を示す」でもいいのではと思うが、歴史的にそういう言い方がよいとされてきたのだろう。

今朝、家から駅に向かって歩いていたら、昨日健診で説明していただいた先生に偶然出会った。しかし、先生は気がつかなかった。そういえば、データや写真ばかり見ていて、顔は見ていなかったなあと苦笑い。まあ、病院を出たら、毎日会う大勢の患者の顔をいちいち覚えてはいなくても不思議ではないかもしれない。

お医者さんは今でも特別な職で、誰もが「先生」と呼ぶ。立派な職で、まさにプロ中のプロである。プロフェッションである。

近寄りがたい存在とでもいうか、馴れ馴れしくはできない存在。

しかし、近年は大分違ってきた。役所も以前はいばっている感じだったが、今は応対が丁寧になった。医療機関も「診てやる」というようなところはもう少ないだろう。昔の国鉄(今のJR)も「乗せてやる」というところがあった。今も時折それを引きずっている人がいるにはいる。

だんだん世の中が変わっていくのは当然。

だが、スポーツ医学の世界では、30年前からみなさん気さくで接しやすかった。今もその世界で仕事をしているのは、きっとそのおかげだろう。

言葉は基本。医療側と患者側とのコミュニケーションの問題だろうが、単語や言い回しが変わるとわかりやすい部分は出てくるだろう。しかし、わかりやすさが正確性につながるかどうかは別。知恵のいるところです。(清家輝文)

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