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カツ眼を開く


久米先生顔イラスト ブログ 先週の「学士様の復活はあるか」の続編です。
「活眼を開く」とは、辞書によれば「物事の道理をはっきり見通す見識を持つこと」ですが、昨今の世の中では、果たしてこのような見識はどこで育ててくれるのでしょうか。

 やはり、第一に期待されるのは教育の現場である学校でしょう。前回のコラムの中でも申し上げましたが、この見識を豊かにする手立てとして教養教育の必要性が最近の学校に対して強く叫ばれてきていると思います。

 では、教養教育とは何でしょうか。今私の手元に一冊の本があります。著者は元中学校校長の遠藤正雄先生です。先生は私の中学校時代の校長先生なのです。久しぶりに先生の本をめくっていて、先の「教養教育とは何か」について先生がお書きになったところを読んでみました。

 先生は、先ず教育の目的はこころとからだを調和させるところにある、と書いておられます。思春期の入口に立つ中学生を意識して書かれたのかもしれません。そして、こころとからだの調和とは「『知・情・意・体』の均衡を保つ教育」のことであるとも書いておられます。ここでいう「知」とは、もちろん学力面のことですが、具体的には思考能力、応用力を含めた学力のことです。次に「情・意」ですが、これはいわゆる情操面のことです。

 先生は、美しいもの・気高いもの・正しいものに触れる機会を多くし、感動する体験を多く持たせることがこの情操教育には大切だと述べられています。さらに、先生は「思いやりの心、人のために尽くす奉仕の心を身につける」ことが情操教育では肝要であるとも述べています。最後の「体」ですが、「体育の充実は体力のみならず、情操や道徳の育成に寄与することが多い点を忘れてはならない」ことを強調されておられました。

 この本の中で、特に「情操教育」という最近聞かれなくなった言葉に心地よい響きを感じました。そして、教養教育とは実はこの情操教育のことである、ということに先生の本を読んでいて気づかされました。

16スポーツにカツ 先週の土曜日にアスレティック・トレーナー(AT)コースの学生を連れて武蔵野市総合体育館へ行ってきました。目的は、そこで開催される社会人バスケットボールクラブチーム大会中にトレーナーステーションを設置し、選手のケアを行うことです。

 さて実際の選手のケアの注文は、多くが年季の入ったベテランの面々ですので多岐にわたります。まずゲームの始まる前には、古傷が痛むのでテーピングを頼むという類が圧倒的です。試合が続くにしたがって、腰が痛い、アキレス腱が痛いが続出し、アイシングにキネシオテープ、果ては次のゲームまでに何とかしてくれ的悲痛な注文に変わります。そして、最後はゲームが終わって身体のマッサージ・ケアとなります。

 こんな多岐にわたる注文に、学生は必死に答えようとします。選手も思いのたけを学生トレーナーにぶつけてきます。時間との勝負もあります。緊張の連続です。それでも懸命に選手を支えようとしている学生の姿は、普段の学校では見られないものです。

 自分自身の知・情・意・体をぎりぎりのところで保ちながら選手をケアしようとしている姿は、まさに情操教育そのものに見えます。自分を曝け出すことを容赦なく要求する現場、これこそが教養教育の原点だと思います。

 「美しいもの、気高いもの、正しいもの」に触れながら「思いやりと人に尽くす奉仕の心」を発揮する、この両方がスポーツ現場にはある。まさにスポーツ現場は情操教育の宝庫だと思います。

久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)
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