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“体育教師”カツ“監督”カツ“AT”という人生

久米先生顔イラスト ブログ タイトルのモデルは私です。私は、最初一般教養科目の「体育」担当教員として大阪のある大学へ奉職しました。中学校の時から、他人に教えることが大好きだった私の念願の職でした。1980年のことです。今の大学生の皆さんには、“一般教養”という言葉自体馴染みが薄いと思いますが、当時の大学では、どこでも「一般教養科目」、つまり「人文科学」と「社会科学」、そして「自然科学」の3系列から必ず1科目と「外国語」と「体育」を履修することが決まっていました。つまり、どこの大学にも必ず体育教員を置くことになっていたのです。

 ところが、私が現在の大学に転任してから3年ほど経った1991年に、いわゆる「大学設置基準の大綱化」が決まりました。これによって、一般教養科目に含まれていた科目は必ずしも必修にする必要がなくなりました。私の大学にも、もちろん大綱化の波は押し寄せてきました。どんな波が押し寄せてきたかというと、それまであった“体育”とか“スポーツ”と名のつく科目はすべてなくなり、すべて“レクリエーション”という科目に変わったのです。大学の方針ということで、やむなく受け入れる形になりました。しかし、これがきっかけになって、私は「レクリエーション」分野の中心テーマである「クラブの組織の運営」に深く分け入ることになりました。

 当時の私は、部活動の監督もしていました。若さもあってか、選手たちとは毎日体当たりの指導を繰り返していました。酒も選手とよく飲みました。ことあるごとに自宅に呼んだものです。休日になると若い男女がひっきりなしにやってきて夜遅くまでワイワイやっている我が家は、ご近所にとってはさぞかし迷惑な家だったでしょう。私は、日頃の猛練習の息抜きの場を選手たちに与えたつもりでしたが、選手にしてみれば絶好の栄養補給(?)の場だったと思います。こんなことが何年も続きました。御蔭で当時の卒業生は、今でも“子供”を連れて我が家に遊びに来ます。

原稿FD 003 ATに関わるきっかけは、やはり大学の方針でした。「今度、(この大学に)健康関係の学科ができるって、久米さんは聞いてる?」ある日、校内で立ち話をしていた教員からこんな話が出ました。そして、直にトレーナー関係の学科・コースが出来、あっという間にたくさんの受験生を迎える人気コースになりました。同時に、カリキュラムの中に“体育”、“スポーツ”が復権しました。“スポーツ社会学”,“スポーツ心理学”、“保健体育概論”、“体育科教育法”etc、etc。当然、スポーツ関係の先生方も増えました。

 こうして、私の教員生活30年は過ぎました。体育ありレクリエーションあり、部活動の監督ありATあり。どれも、その時々の時代要請に沿って演じたものばかりです。しかも、私の中では現在もみんな並列して同時進行しています。いろいろな顔が自分の中にあることについては、ひとつの物事を多角的に見る、という点で有利だと考えています。

 たとえば、ATの顔を持ったことで、選手のサポート体制作りについては事細かに指示するようになりました。しかし、選手に自主的な行動力を要求する場合は、監督の顔になります。選手がチームのルールを破れば、教師の顔になります。周辺地域とのスポーツ連携を考えているときはレクリエーション・リーダーの顔になります。

 「複数の顔を持つ」ということは、その時々のTPOに合わせて顔が作れるということではありません。客観的に自分を見つめる顔を複数持つことだ、と私は常に自分に言い聞かせています。
 
久米秀作・帝京平成大学 (日本体育協会公認アスレティックトレーナー)
  
 
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