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         スポーツ医学とスポーツ現場をつなぐコミュニケーションブログ
 
月刊スポーツメディスン最新刊紹介
月刊スポーツメディスンNo.210(2019年5・6月合併号)←詳細&購入はここ!
210表紙
『特集 セラピストの手の使い方」
── 治療技術の向上のために
 
1.「肩関節疾患を診るうえでのセラピストの手の使い方」
勝木秀治・関東労災病院 中央リハビリテーション部理学療法士、専門理学療法士(運動器)東海大学医学部 基礎医学系生体構造機能学領域
 
2.「体幹、下肢のスポーツ障害への運動療法で大事なセラピストの手の使い方」
園部俊晴・コンディショニング・ラボ(インソールとからだコンディショニング専門院)
理学療法士、運動と医学の出版社代表取締役社長

3.「臨床動作促通法の紹介」──正しい動作に誘導するために
鈴木俊明・関西医療大学大学院 保健医療学研究科
 

 春は別れと出会いの季節。今月のショートストーリーはペットとの出会い(と別れ)をめぐる話。今月のレシピも春らしい一品。桜も咲き始め、新入生、新入社員、その他新人に満ちるとき。よき「始まり」でありますように。

バゼンジーという犬
(文・料理/大仁浩子・「もも家」店主、イラスト/横江節子・神戸市垂水区在住)

 突然、犬を飼うことになった。犬種、バゼンジー。6歳のオス・8㎏。アフリカ原産で、ピグミー族が飼っていて発見された犬の原種だという。

 この犬の6歳までの飼い主は私の友人。ある日、電話がかかってきて「家族は解散することになった」という。そして彼女は長女と暮らすことに決めたのだが、飼っていた3匹の犬が飼えなくなった。と涙声で話し始めた。流れる涙は、去っていった夫のことではなく、子犬から育てた3匹の行く末。

「泣かないで。そのうち一匹は私が預かるから」と即答したのだった。そして、8月の暑い午後、犬がやってきた。

 待ち合わせのファミリーレストランで、彼女にバゼンジーの飼い方を教わった。

「吠えることができないので、猫のような犬です。何かに興奮すると、独楽のように1人でクルクル回って表現します。朝夕2回のお散歩とドッグフードと水。ときどきキャベツの芯やキュウリ。手がかからないので忙しい家族でも大丈夫」という。

 それから駐車場に行き、後部座席から飛び出してきたバゼンジー種「シンバ」と対面した。小さな三角の耳、細い顔。太くて長い首と銅。それを支える華奢な足。クルリと巻き上げた尾。ビロードのような短毛。身軽に軽快に歩く。彼女は荷台から段ボールを運び出し、「これが当座のドッグフード。キルトのおくるみ。お気に入りのベッド。それから寒がりなので、冬になったらこのチョッキを着させてやって下さい。それから、それから……」

 もう涙で言葉にならない。シンバは、といえば、見知らぬ土地がよほど珍しいのか、地面に鼻をつけ、どんどん前へと歩き出した。別れの刻が近づいていた。

「じゃあね。大切に預かっているから」と短く挨拶をして、シンバと歩き始め、振り返らなかった。私たちの姿が見えなくなるまで、彼女が見送ることがわかっていた。

 バゼンジーはピグミー族の言葉で「藪犬(ヤブイヌ)」。からだを低くして藪の中に忍び込み狩りをする犬。吠えないかわりに、その好奇心と自立性を行動で示す犬だ。

 それがわかったのは預かった初めての夜。彼女と別れて近所の公園を巡り歩き、さんざん疲れさせて眠ってもらおうという作戦をたてた。家に帰り着くとフードを食べ、おとなしくベッドで丸くなり、眠っているように見えたので、玄関の灯りを消した。間もなく夫が「エライことや。シンバが逃げた」と叫んでいる。見ると玄関の網戸を突き破って逃げていた。あわてて外に出ると、リードが積んでいた古新聞の束に引っかかり、暗がりでしょんぼり座っていた。

 玄関内に入れても頭で戸を開け、逃亡しようとするので、とうとうその夜は夫が付き添って背中をなでて眠らせた。

 翌日からシンバはやっと自分の環境の変化に気づいたようだ。声を出さないので感情はほとんど読めない。朝夕の散歩と食事を淡々とこなし、あとは寝ている。尻尾を振るわけでもなく(巻き尻尾なので)、すり寄ってもこない犬に夫は「愛想のない犬やなぁ」とため息をつく。それでも、妻と会話の少なくなったこの頃、シンバは良い聞き役。夫の独り言にシンバはちょっと眉にシワを寄せて(バゼンジーはどの犬も眉間にシワがあり困った顔に見える)、気が向いたときだけ話に付き合う感じ。

 この一風変わった犬は、近所でたちまち評判になった。何しろ犬と見れば大型犬でも小型犬でも飛びかかっていくのだ。

 このあたりの飼い犬は躾がよく、行儀よくお散歩。そんななかでシンバだけはヤンチャの暴れん坊。「シンバ」はアフリカンネームでライオンという意味らしいが、名前どおりに向こうみずのライオン犬。近所の飼い主たちは、シンバを見かけるとあわてて路を曲がったり、走り去ったり。それでシンバはたいてい誰もいない道を散歩する。

 藪や木陰から山鳩を追い出したり、ハトの群れに突っ込んで大興奮。うれしくてたまらずクルクルとシンバダンスを踊っている。

 シンバを引き取る夏、我が家は大変な状況にあった。春頃から体調を崩した夫は入院し療養が長引いて歩行のリハビリをしていた。長女は数年前の交通事故以来、外出するのが不安で家に引きこもりがちだった。そんな日々の毎日に、生き物を育てることに決心がいったのだが、私には一つの思いがあった。何かの縁でやって来る犬にかけてみたかった。何か明るい新しい風が家にやって来るようにと。

 シンバとの生活はこうしてスタートしたのだった。やがて、忙しい私に代わって否応なく散歩は夫と長女の役目になった。ヨロヨロ歩く夫とシブシブ付き添う長女。シンバは全身の筋力で夫を引っ張り、茶目っ気で長女を笑わせる。ところが次女との散歩は少々話が異なった。何しろ走るのだという。

「シンバは暴走族よ。直線道路は飛ぶように走り抜くので着いていくのがやっと」だという。

 耳を頭にヒタとつけ、流線型にからだを伸ばして、それは見事に美しい姿なのだという。次女はシンバの祖先はアフリカの大地を全身全霊でこんな風に走っていたのだろうといった。

 半年も過ぎた冬の日、散歩は長女と私の当番になった。スニーカーの私をみて、シンバはいきなり走り出した。私はゼイゼイいいながら転ばないようについて走った。

 ところが数十メートルも走ったあと、シンバはいきなり立ち止まりクルリと後を振り返る。リードをひいて「さあ」とうながしても座り込んで動こうとしない。シンバの目の先にはゆっくりゆっくり歩いてくる長女の姿があった。そして長女がそばに来たのを見届けてから、また走り出した。
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 長女が少し遅れると身じろぎもせず待っている。どんなに無邪気に遊んでいても、ふと立ち止まって長女を気づかう。その仕草に胸が熱くなった。今度泣くのは私の番だった。

 この日以来、シンバは預かり犬ではなく「うちの家族」になった。

 お彼岸をすぎて少しずつ暖かくなって来た。シンバに誘われて散歩で脚力がついた夫と長女。シンバはこの散歩にうれしさを隠しきれず、何度もクルクルとシンバダンスを踊る。二人と一匹の楽しげな後ろ姿に春の光がふりそそぐ。

*王子動物園
バゼンジーはいないと思いますが愛らしいパンダとたくさんの動物と鳥たちがお出迎え。
4月5・6・7日は園内の夜桜の通り抜け。
(PM6:00~8:30、無料)
TEL:078-861-5624
阪急 王子公園駅 下車2分
JR灘駅 下車北へ7分



「もも家」のフードレシピ

菜の花の手まり寿司

 雪の多かった長い冬もようやく終わりを告げようとしています。先日は、高知から今年一番の桜の開花だよりが届きました。神戸の桜の名所、王子動物園では480本の桜の木に、うす紅のつぼみがふくらんで、春の訪れを待っています。
 今日は手早くつくって、お花見に持って行きたい「菜の花の手まり寿司」です。
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 材料4人分
鶏ミンチ450g
菜の花 1束
卵 5個
白米 3合

●調味料

鶏そぼろ用:砂糖 大2、醤油 大2、だし醤油 大2、酒50CC、塩 少々

錦糸たまご:砂糖 大1、塩 小1、片栗粉 大1を大2の水で溶いたもの

合わせ酢:米酢 50CC、砂糖 大2、塩 小2

 作り方
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①菜の花(1束)は茎の部分を3㎝切り、花の部分を用います。水で洗ってザルにあげておきます。煮立ったお湯にほんの5秒。緑が鮮やかになったら引き上げ、キッチンペーパーに並べて軽く水気を絞っておきます。
②鶏ミンチでそぼろを作ります。鶏の脂やアクを取るために軽く下茹でします。熱湯の鍋の中にミンチを入れ、箸で団子にならないようにさばき、アクが浮いてきたら、ザルに上げます。

③テフロンのフライパンに移し、分量の砂糖、酒、醤油で炒りつけます。好みで味付けをし、その後、だし醤油、塩少々で味を整えておきます。あまりパラパラにせず、しっかりとお作り下さい。好みで粉山椒(少々)を振りかけてもよいでしょう。

④錦糸たまごを作ります。卵5個に分量の砂糖、塩、水溶き片栗粉を混ぜて、なるべく薄く焼きます。冷めたらクルクル棒状にして、小口から細く糸のように切っていきます。

CCF20120402_00003.jpg⑤ごはんを炊き、熱いうちに合わせ酢を混ぜ、丸いおにぎりを作っておきます。

⑥浅めの小鉢にラップをひき、まず菜の花を中央に、その上に錦糸たまごをのせ、そぼろ(大2)をのせ、丸いおにぎりをのせ、再びそぼろ(大1)を振りかけてラップで茶巾のように絞ります。丸く形を整え絞り口を下にして、ラップに包んだまま盛りつけます。

 これで愛らしい形の手まり寿司ができあがり。お重に詰めてお花見や野遊びのお弁当にお試し下さい。お重のフタを開けると鮮やかな黄色の春の色が目に飛び込んで喚声があがることでしょう。

 それでは、また来月お目にかかります。


編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

〔もも家〕
TEL:078-391-2466
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通1-7-20 前川ビル2F
(三宮駅の北、徒歩5分)




壇ノ浦で落ち延びた一族と言われているのが、わが故郷です。それに関係するのが今回の話。そして、レシピはあの「桜鯛」。「腐っても鯛」の意味、吟味したいですね。(清家)

平家物語
(文・料理/大仁浩子・「もも家」店主、イラスト/横江節子・神戸市垂水区在住)

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 その土地に刻まれている歴史や物語は、ある日、何かをきっかけにして鮮やかに立ち現れる。まるで子どもの頃遊んだあぶり出しの文字のように。

 私の故郷は下関。本州の西の端。日本海と瀬戸内海の2つの海に囲まれた半島のような場所。その半島のすぐそばにあるのが彦島。

「平家物語」によると、屋島の戦いから敗走した平家が、最後の陣を置いた島。瀬戸内海の西の入り口にあり、九州、門司側との間の細い海峡は、壇ノ浦と呼ばれる海。その海をはさんで東方の海上には義経を大将にした源氏側が、満珠、干珠の小島に陣を置いた、と物語は言う。

 1185年3月24日、源平の最後の戦いは壇ノ浦の海で始まった。この海峡は早靹の瀬戸と言われ、干満の差で潮流が激しくぶつかり、流れが早い海の難所。その潮流は、はじめは平家方に味方し、東の海上の源氏を攻めたてたが、やがて、潮目が変わり、海流は西へと向きをかえる。源氏の舟は優勢となり、壇ノ浦で平家一門は海の底へと果ててしまう。その戦いは凄惨をきわめ、平家の赤旗と血潮で海は赤く染まった、と言う。

「平家物語」は琵琶法師によって語り継がれた軍記物語。下関の盆踊り歌、源平音頭は、その流れをくみ、歌謡というより、物語を語る、口説き節。

 その歌いはじめは、「頃は寿永の4年の昔。奢る者は久しからず。喩えの如く平家の軍勢。都落ちして鵯越えや。四国屋島と追われ追われ。海を逃れてここ下関」と、壇ノ浦の戦いが述べられ、八歳の幼帝・安徳帝が祖母の二位尼に抱かれ「波の底にも、都のありましょう」と水面に消えた哀話が、口説き、という語りで歌われる。

 子どもの頃、その盆踊りをはじめて見た。昭和も30年の初めの頃だったか。町内にはまだ、共同井戸の名残が残っていて、屋根のついた井戸のまわりは、ちょっとした広場になっていて、黒い石が敷いてあった。裸電球の外燈と月の光が、その石畳を濡れたように照らしていた。地蔵盆のその夜、老人が、しゃがれた声で、口説き始めると、紺や黒の浴衣姿の老婆が5~6人、その口説きに唱和しながら、井戸の周りをヨロヨロと舞い始めた。盆灯籠の紅色が揺れて、わずかに彩りを添えていたが、単調な手振り、何を歌っているのか意味も解らない曲に聞き入っているうちに、その老婆たちが、この世の人ではないように思えて、何か背筋に風がうそうそと寒い。

 近所の子と後ずさりして、家に逃げ帰った。母はそれを聞いて「まぁ、盆踊りを見て来たって。あれは亡くなったお侍さんの供養の踊りやからねぇ。子どもは見に行かんでもええのよ」と言った。供養の意味もわからなかったが、浮かれて楽しいというい盆踊りではななかったことは、確かだった。
 
 だが、この盆踊り、最近では、お盆に市内の大通りを会場にして、会社や団体が総踊りをするという華やかな一大イベントになっている。櫓の上では、二上りの三味の音、高低2つの太鼓と酒樽を打ち、かん高い合いの手も入り、源平音頭の口説きが早いテンポで歌われる。色とりどりの浴衣で祭りは派手になったが、踊りの振りは昔のまま。手を胸より上にあげ、ユラユラとかざす単調なもの。それは交互に糸を操るようなしぐさに似ているので、糸操り式、という手振り。子どもの頃、見た井戸端の盆踊りは、老婆たちの手が何かに訴えているように見えて、恐ろしい光景に写っていたのだが。
 
 平家滅亡の哀切さは、こうして源平音頭の口説きとなって、陸で伝わる。海では、平家の悲しみが化身となって生きているものたちがある。武士の怨念の顔の形相が、その甲羅になったという「平家ガニ」。もうひとつは、戦いの果てに海に身を投げたという平家の女官たちの化身「小平家」(コベケ)。

 毎年7~8月頃になると現れる真鯛の幼魚。ほのかな紅色に金色のウロコをもつ、美しい鯛だと言う。その一門の御霊をなぐさめるように、壇ノ浦の高台には、水天宮の様式をもった竜宮城のような赤間神宮が海を見下ろして建っている。官女たちのなかには、舟に助けられたり岸に流れ着いた者もいて、その女たちは身過ぎ世過ぎのうちに遊女となった。

 いつの世も男たちの戦の陰で泣くのは女たちと幼い子ども。やがて遊女たちは、先帝を慰めるために上臈の衣装で神宮にお参りするようになった。その言い伝えは、今では春の「先帝祭」というお祭りになる。

 その上臈道中を一目見ようと人々が集まり、「雨が降らなきゃ、金が降る」とまで言われた賑わいよう。しかし、その祭りも、母に言わせると「子どもは見に行かんでもよろしい」という祭りだった。
 
 今年のNHKの大河ドラマは「平清盛」。神戸にはその「ドラマ館」がつくられ、番組を盛り上げている。そこには、貴族社会から武家社会へと大きな政治の転換を図った青春の清盛がいる。しかし、壇ノ浦が故郷の地である私には、平家物語は「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」が胸の底まで染み入る。人の世の哀切な物語。

 壇ノ浦に今も伝わる話を書いていると、祭りに行くことを忌み嫌った母も、今はもう亡く、私の半生さえ「只、春の夜の夢の如し」と思えてくる。

 どの時代のどのような人にとっても、生きるということは夢のようなものではないかしら、と。

 夢なら夢のままに生きていこう、と。

*ドラマ――kobe de 清盛 2012
会場:神戸市中央区、ハーバーランドセンタービル1F
開館期間:2012年1月21日~2013年1月14日
開館時間:9:00~17:00(無休)


「もも家」のフードレシピ

鯛の源平

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 瀬戸内に春を呼ぶ、桜鯛。干満の激しい潮流を泳ぐ瀬戸内の鯛は、とくに身が締まっておいしいと言われています。その鯛を皮ごとパリッと、から揚げにしました。
 今年の大河ドラマは「平家物語」。それにちなんで、平家の旗印の赤と源氏の旗印の白を人参と大根の「おなます」にし、飾って添えました。ドラマにはまって、ついに2月のレシピは「鯛の源平仕立て」と相成りました次第。 
 どうぞ、お試し下さい。

 材料4人分
鯛 片身(1/2匹)約400g
大根 1本(真ん中を10㎝ほど使います)
人参 1本(真ん中を5㎝ほど使います)

●付け合せ
スーパーえんどう 20本
カリフラワー 小1個
●調味料
 塩、コショウ、サラダ油、酢、砂糖、小麦粉、片栗粉、フレンチドレッシング(適量)

 作り方

CCF20120304_00002.jpg まず「源平なます」から。

① 大根は1本の真ん中あたりを5㎝の輪切りにし、2個用意する。皮をむき、線維にそって縦に薄く切り、それを重ねて、線維を縦になるよう小口から線切りする。歯ざわりを残すように気をつけて。

② 人参は5㎝の輪切りを1個。大根と同じように皮をむき、縦に薄切り、その後、線切りします。人参は入れすぎると、おなますが赤くなりすぎますからご用心。

③ ①と②をボールにとり、塩大1を入れ、10分置きます。しんなりしてきたら、水気を絞り、合わせ酢(米酢大2、砂糖大1、塩小2)をかけて、なじませます。

④ 鯛は皮つきのまま片身を1枚。真ん中の血合いのところの骨を骨抜きで抜きます。小口から、そぎ切りし、キッチンペーパーに並べ、塩(小2)、コショウ(少々)して、10分置きます。
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⑤ 表面の水気をペーパーでとり、ビニール袋に小麦粉、片栗粉を同量(大3ずつ)入れた中で振りながら粉をつける。
 サラダ油で揚げる。

⑥ スーパーえんどう(スナップえんどうより細身で歯ざわりがよい青豆)とカリフラワーを、それぞれ固めに塩ゆでし、フレンチドレッシングを熱いうちにからめておく。

 鯛は、から揚げにしますから、養殖のもので十分です。また鯛は淡白な白身魚ですから、お魚ぎらいのお子様にも、ぜひ、お試し下さい。
 「春よこい、早くこい」。今年はとくに春が待たれます。余寒の毎日、どうぞお大切に。


編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

〔もも家〕
TEL:078-391-2466
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通1-7-20 前川ビル2F

(三宮駅の北、徒歩5分)








 
お正月気分も消え、あっと過ぎてしまう1月の終わり。今月はまだ残っているであろうお餅を使ったレシピ。その前に、こういうお正月もあったのですというお話から。

父の正月
(文・料理/大仁浩子・「もも家」店主、イラスト/横江節子・神戸市垂水区在住)

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 故郷の小さなホームに降り立つと、日本海からの霙まじりの風が闇の底から吹きつけて来た。今日は大晦日。こうして、父とお正月を過ごすのは今年で8年目。母が亡くなってからのことだ。しかも大晦日に帰省するのは初めてのこと。神戸の婚家先は街では珍しい四世代同居の大家族で、お正月は目出度さなどはどこへやら。

 長男の嫁として、煩わしいだけの催し事だった。電話で「たまには、お父さん、お母さんと新年を迎えたいわ」と提案しても、父は「嫁として自分の務めを果たすように」と、お正月の帰省を一度も許さなかった。ところが、その父が、母が亡くなって一変した。秋が終わろうとする頃から、お正月は、いつ帰ってくるのかと、しきりに尋ねるようになった。

 町暮らしといっても、故郷は田舎町。お正月は申し合わせたように、誰もが家に引きこもって暮らす。通りに人影もなく、近所の小商いの店は廃業して数年前からシャッターが降りたまま。油揚げ1枚、豆腐一丁買うのもままならない。それにお正月の頃には大陸からの北北西の風が身を切るほどの冷たさで吹き始める。お正月は、一人暮らしの父にとって厳しい日常の暮らしになる。

 バスを降りて、マフラーを首にグルグル巻き、風に逆らいながら、ようやく父の家にたどり着く。帰りを待ちわびるように、門灯にも玄関の内にも電灯がともり、軒には注連飾りの黄色い橙がゆずり葉の陰からのぞいていた。玄関のガラス戸は建てつけがよくない上に重く、かなりの音を立てて開けるのだが、耳の遠い父には届かない。「ただいま。戻りました」と声をかけても、大きな音でテレビのニュースが居間から流れているばかり。障子を開けると、父はやっと気配に気づき「おお!帰ってきたね。待っていたよ。早速、年越しそばを祝って、ゆっくり年を迎えよう」と一気に弾んだ声で言った。

 荷物を慌ただしく解いて、台所へ立ち冷蔵庫を開ける。何もない。これといってお正月らしい食材が。一体、どうしてお節を作ればいいのだろう。例年なら近所の仕出し屋さんからお重が届き、妹や弟が年賀代わりの食材を届けてくれていたのだが。それもない。そこへ父が入ってきて、こう言った。

「今年は、これで支度をして下さい」。

 床に転がっていた新聞紙の包を開けると、大根、里芋、カブ、青ネギ、春菊。父がこつこつと育てた野菜が出てきた。

「これでお正月をするの」と半ばあきれて言うと、父は「あぁ、別に正月だといって特別の贅沢をすることはないよ。あなたは料理人。どうぞ工夫して食べさせて下さい」と事もなげに言う。

 仕方なく、食材の総点検をし、父と「紅白歌合戦」を大きなボリュームで聞いた。

 明けて正月。お節作り。カブと人参で日の出雑煮。ハンペンを摺り玉子と合わせ、海苔を巻き込んで焼いた鳴門。緑が鮮やかなネギのヌタ。酢味噌には煎ったイリコと白ごまをたっぷり入れる。これは父の好物。イカの代わりに白蒲鉾を入れたのはご愛嬌。到来物の鴨の燻製は柚子胡椒で。庭の夏みかんを絞って、わかめと大根の酢の物。春菊と干しエビ、チリメンジャコのかき揚げ。これで彩りと品数だけは揃った。それを母が特別の時に使っていた古伊万里や染付の皿に盛った。

 それを一見した父の華やいだ顔といったら。

「おお!これはこれは。早速、お屠蘇で祝いましょう」と床の間に飾った屠蘇器を運んできた。三つ重ねの盃で、年下の者(といってもすっかり成長した私の娘)が小盃、私が中盃、父が大盃で金箔入りの清酒を酌み交わした。

 母がいた頃は、屠蘇散のお酒だった。それを盃に受けて、私達子供四人は一年の抱負を宣言するのが習わし。

「受験の年は、結構、プレッシャーだったわ。弟は『いつも元気でがんばります』でパスしてもらっていたのよね」と懐かしく言うと、「では、今年は僕の思いを書いたものを渡しましょう」と父が言った。そして床の間に積んであった長い桐箱を抱えて戻ってきた。

 父が箱から取り出したものは長尺の掛軸。群青色の地には銀蘭の唐草模様で表装してあり、中央には父の筆で漢詩が次のように書かれていた。中国宋時代の司馬温公の詩句だという。

積金以遺子孫 子孫未必能守 積書以遺子孫 子孫未必能讀 不如積陰徳於 冥冥之中以為 子孫長久之計

 父の解説によると「お金を遺しても子孫はそれを守れない。それでは本を積んで読むようにと遺しても、子孫は読んで学問としない。それならばと、温公は考えついたのだろう。人目につかないように陰徳を積んでおくことが、子孫長久の計りごとだとね。僕は、四人の子供たちに続く子孫が幾久しく栄えていくためにも、又、この国難の日本が再び立ち上がるためにも、それぞれが陰徳を積むことだと感じたので、字を練習しました。家訓として遺そうと、軸装しました」と一息に言った。

 私は急いで白紙を探し、耳の遠くなった父と筆談を始めた。

「お金も、まして、本も沢山に与えてもらった身としましては、お金も、学業も成らず、まことに耳の痛い家訓でございます」。そう笑いながら手渡すと、父はハハハと笑って、「いや、そうではなく、僕自身の今年の決意を言っただけです」と言った。

 父がなぜ、例年のようなお正月にしなかったのか、謎が解けた気がした。

 続けて父は、「華美は驕りとなる。かと言って過度の倹約は心が貧しくなる。合理的な節約を考えることは陰徳への道。たとえば、自分の作った作物を人に差し上げれば喜ばれる。又、自分の作ったもので自分の身も養える。これも陰徳への道。今朝のお節は、まことに豊かに整えられて、こんなうれしい正月はありません」と言った。

 平成24年。父にとっては積陰徳元年。私には「陰徳という宿題」をもらった年。この宿題は年頭の誓いにしては重い。重すぎる。けれど、私は父の子孫。父の後ろ姿についてゆけばいいのだ、とも教えてくれる。

父と新しい年、積陰徳元年はこうして始まった。

*須磨離宮公園「松竹梅の正月飾り」
正月飾りは、伝統的な日本の迎春の美。公園の中門広場では、縁起のよい松竹梅や景石を配した特大(W4m×D2.6m×H3.3m)の盆石が飾られ新春を寿ぎます。
期間:平成23年12月17日~平成24年1月15日(来年はぜひご覧下さい)
神戸市立須磨離宮公園:神戸市須磨区東須磨1-1 TEL078-732-6688



「もも家」のフードレシピ

チーズ 餅の磯辺

 大きな災害に見舞われた平成23年。沢山の思いを残したまま平成24年の新しい年が明けました。みなさまにはどのようなお正月をお迎えになられたでしょうか。被災地で新年をお迎えのみなさまには、改めてお見舞いを申し上げます。

 さて、1月も小正月を過ぎると、再びの日常が戻ってまいりましたが、お正月のお餅が残ったままというお宅もおありでしょう。1月のレシピは、そのお餅で、ちょっと目先の変わった磯辺巻を作ってみました。

 作り方はとても簡単。お夜食に、お酒の後に、お三時の虫やしないに、ぜひお試し下さい


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 材料
角餅  1個50gくらいのもの。人数分
溶けるタイプのスライスチーズ  お餅1個につき1枚
濃口醤油  適宜、お好みで。
焼海苔 お餅1個につき1/2枚
・用意する器具  テフロン加工のフライパン。ぜひともご用意下さい。

 作り方
CCF20120126_00002.jpg①お餅をスライスして、角切りし、フライパンの中で、チーズの大きさになるよう、くっつけて並べます。火が中までとおると、お互いがくっつきます。フタをして、少し焼き色をつけ、ひっくり返します。

②濃口醤油を小さじ半分くらい、塗り、上にスライスチーズをのせ、フタをして、チーズが溶けるまで待ちます。

③チーズの上に、醤油をお好みで数滴。チーズがトロリとして熱いうちに、焼海苔ではさみます。対角線に切って三角形にしたほうが食べやすいですよ。

もう、これで出来上がり。簡単ですが、一度食べると、クセになるおいしさ。新しいスタイルのお餅の磯辺です。

さて、初春とは名ばかりの風の冷たい毎日です。みなさま、お風邪などひかれませぬよう大切にお過ごし下さい。
それでは、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

〔もも家〕
TEL:078-391-2466
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通1-7-20 前川ビル2F
(三宮駅の北、徒歩5分)


今日はクリスマスイヴ。それにちなんで、今月のショートストーリーのテーマは「クリスマスケーキ」、フードレシピは「豚肉ステーキ」です。今年もあとわずか。大変な一年になりましたが、分けあう気持ち、感謝の大切さをあらためて知った一年でもあります。明年はよき年でありますように。

クリスマスケーキ
(文・料理/大仁浩子・「もも家」店主、イラスト/横江節子・神戸市垂水区在住)

図1 もうずいぶん昔。藤棚の下にブランコが2つしかない幼稚園がありました。私はアヒル組、年少の子はヒヨコ組。それぞれの部屋には、外国の女の人が裸ん坊の赤ちゃんを抱っこしている絵が掛けてありました。

 「マリア様とイエス様ですよ」と先生がおっしゃいました。園は午前中で終わり。机のお道具を片付けると、小使いさんの“おばさん”が、白い湯気の立っている脱脂粉乳の鍋を運んで来て、アルマイトのコップに注ぎ分けてくれました。

 それから唱和。先生は両手を組まれて「天のおとうさま、おかあさま。おいしいミルクをありがとうございます」。“おいしいミルク”と唱和しても、そのミルクはムッとした香りがして、なじまない味。すっかり冷めてから飲み干した。お鍋のまわりにはもう、お代わりをもらう男の子の列ができていましたが。

 帰りは広間に集まって「田村園長センセイ」の前に進み、手を組み、口をアーンと開けていると、聖体拝領のように、甘いドロップスが舌先に。センセイはニッコリ笑って「さようなら、また明日」と言われるのでした。そのドロップは鯨油で作った肝油ドロップ。砂糖で外側をコーティングしてあるのを口の中で転がしながら帰るのです。やがて、妙な味がしてくるのですけれど。

 小さな幼稚園の最大の行事はクリスマス。広間には小使いさんの“おじさん”が立てた大きなモミの木。枝先には赤や青、金色や銀色のガラス球のオーナメントがお星さまのように下がっています。その頃には石炭ストーブが焚かれてました。

 “おじさん”がスコップで石炭を入れ、長い柄の火掻き棒でさわると、赤い炎が勢いよく燃えツリーのガラス球に反射してキラキラ輝くのです。

 そして24日はクリスマスイブ。サンタさんからプレゼントが届く日です。クリスマスの歌、ジングルベルを、「ジングルベー、ジングルベー♪」を歌い、紙芝居は「マッチ売りの少女」。その頃は敗戦から7年目。駅のガード下にはまだホームレスの一家が住んでいましたから、マッチ売りの少女は、すぐそこにある現実。心にしみる悲しい話でした。

 それから、それから、お楽しみプレゼントはサンタブーツとケーキ。紙のブーツには柊の実が飾ってあり赤いリボン。中をのぞくと。あの肝油ドロップ1缶、冬休みに退治するための虫下しチョコ。それから、お正月のカルタ。でもそれはなんて素敵なプレゼント。ドロップとチョコとゲームなのですから。

 そして、田村先生は、「お箱の小さなケーキは、おうちのみなさんと感謝と共にいただいて下さいね。落とさないように持って帰るのですよ」といつものようにニッコリ笑っておっしゃるのでした。家に帰ってそっとフタを開けると、雪のように白いバタークリームにくるまれたケーキが入っています。その上にはバタークリームのピンクのバラが一輪のっていました。砂糖粒のアラザンが朝露のようにバラの花びらの上で銀色に光っていましたし、緑色のアンゼリカが3本、バラの花を守るように押してありました。甘美で麗しいバラのケーキです。そしてそのケーキは、まだ見たこともない外国の、未知の世界の扉を開けるケーキでした。家族の人数分に切り分けられた薄いケーキのおいしかったこと。あの幸福な時間をすごすのに小さなケーキは充分な大きさでした。

 師走の夕暮れの街で、古い友人とシナモンティーを飲んでいました。彼女は長く、幼稚園の先生をしています。ふと、小さい頃の幼稚園からのプレゼントが忘れられないわ、と言ったら、今でも園児にケーキをプレゼントしているのだと言う。それでね、と友人はこんな話をしてくれた。

 園で「さあ、皆さん。可愛いケーキがサンタさんから届きましたよ。これをお家の人と分けあって、感謝していただきましょうね」と言うと、園児は口々に、弟は赤ちゃんだからカステラのとこだけ少しあげる、とか、上の飾りのイチゴやチョコの家は全部ひとりで食べたいと言う。それで「それはいけませんね。このケーキは皆で分けて食べるものですよ」と重ねて言うと、女の子が手をあげた。

 「わたしはパパにケータイして、同じのを買ってきてもらって、そして一人で全部食べるの」と言った。そうしたら「そうだ、そうだ、ケータイしたらいい」と全員が賛同して大変だったと言った。それから「ねぇ、今時という感じでしょ。分けあうとか、感謝なんて言葉はケータイにかき消された、というわけ」と話し終えてタメ息をついた。ふと、私にしても、この「感謝」という言葉を理解するのに、何とはるかな時間がかかったことだろう、と思う。私の通った小さな幼稚園。そこではいつも田村先生がこう祈っておられた。

 「天のおとうさま、おかあさま。今日のミルクに感謝します。分けあえる喜びに感謝します」と。その言葉は、クリスマスを迎えるたびに、幾度も幾度も、こだまのように胸にひびき、そして、今ようやく「感謝」という言葉にたどりついた。「神様。今日の一日に感謝します」。

*神戸イルミナージュ2011
期間:2011年11月1日~2012年1月17日
時間:17:30~22:00
場所:神戸市立フルーツフラワーパーク
広大はフルーツフラワーパークが光りのオブジェで彩られている神戸イルミナージュ。
光の樹のクリスマスツリーや、光り輝く動物たちに子どもたちの歓声があがります。
入園料は、東日本大震災被災地支援「ひまわりプロジェクト」に送られます。



「もも家」のフードレシピ

クリスマスの豚肉ステーキ

図2 もうすぐクリスマス。子どもたちには、サンタさんからプレゼントが届くうれしい日です。もうひとつのお楽しみはクリスマスケーキ。神戸はスイーツの街。おいしい洋菓子店が目白押しです。「今年はどこのお店のケーキを予約する?」というのがママたちの話題です。そして、クリスマスディナー。今年はチキンの代わりに、大きな豚肉の塊をステーキ風に焼いてみました。トッピングはクリスマスカラーの赤、緑、白を赤のリンゴ、青ネギの緑、白い玉ねぎでつくりました。濃厚なソースにこのトッピングがさわやかなアクセントのステーキです。
 あら、「ピンポーン」と玄関のチャイムが鳴り、ケーキも届いたようです。
 では、急いでつくり始めましょう。とっても簡単ですから。

 材料(4人分)
・豚肉(モモかヘレ肉(ヒレ肉))450gのもの2個=約1Kg
  豚肉下味用の塩・コショー、赤ワイン(なければ日本酒)100cc
  ニンニク4個:皮をむき、2つ割にして芽をとって8片にしておく。

・付け合せのキノコ類
  しいたけ(大)10~12枚
  しめじ(大)1パック

・トッピングとして
  リンゴ 1個
  玉ねぎ 大1/2個
  青ネギ 3本

・トッピングのドレッシング
  レモン1/2個(果汁にして、なければ酢大2)
  サラダ油 大1
  塩・コショー

・豚肉のソース
  白みそ 大6(甘めのもの。なければ砂糖を少し加える)
  豆板醤 大1(好みにより加減)
  醤油 大2
  水 150cc

 作り方

図3①豚肉は、脂をそぎ取り、竹ぐしで数カ所、刺して味をしみ込みやすくし、塩(1Kgで大4)、コショー(大2)を振りかけよくもみ込み20~30分置く。
 その後、ビニール袋に赤ワイン(100cc)を入れ、豚肉をつけ込み、4~5時間置いておく
(冷蔵庫で1晩ねかせてもよい)。

②沸騰した湯にニンニク4切と①の豚肉を入れ、アクを取りながら20分、静かにゆでる。20分たったらそのまま湯の中で10分置いておく。

③ボールにソースの材料を全部混ぜておく。豆板醤は味加減しながら入れて下さい。

④キノコ類は石づきを取り、しいたけは1/4に切り、しめじは軽くほぐしておく。

⑤フライパンにサラダ油大1を入れ、ニンニク2片を入れ、火をつけ、サラダ油に香りを移す。
その後、強にして④のキノコ類を炒め、軽く、塩・コショー。よい香りがしてきたら、お皿に取り出しておく。

図4
⑥トッピングをつくっておく。
 玉ねぎはみじん切りにし、水にさらし、アク(辛味)をとり、キッチンペーパーでギュッと絞って水気をとる。リンゴは皮付きのまま7ミリ角に。青ネギは7ミリくらいの小口切り。全部あわせて、レモンの果汁、サラダ油、塩・コショーでマリネしておく。

⑦テフロンの深めのフライパンにサラダ油(大2)を入れ、ニンニク2片を入れ弱火でサラダ油ににんにくの香りを移し、ゆでた豚肉をころがしながら、表面に焼き色をつける。焼き色がついたら、合わせておいた白ミソのソースを一気に入れ、からませる。

⑧大皿にキノコのつけ合わせ、⑦の豚肉を盛り、⑥のトッピングに振りかける。フライパンに残ったソースは水を少し加えてゆるめ、薄く切りわけた豚肉ステーキにたっぷりかける。好みでレモンのくし形を添えて盛りつける。

 これでできあがり。白みそソースが豚肉によく合い、今までにない味わいのステーキ。大きな肉の塊はディナーにふさわしい華やかさです。
 それでは、silent night .Holly night.
よいイブの夜をおすごし下さい。

編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

〔もも家〕
TEL:078-391-2466
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通1-7-20 前川ビル2F
(三宮駅の北、徒歩5分)
秋が冬になろうとするころ、市民マラソン大会が各地で開催されます。今回のフードレシピは寒さの中走った選手やその選手を応援した人に嬉しい豚汁鍋。ショートストーリーはちょっと怖くて苦くて甘い話です。

神戸マラソン
(文・料理/大仁浩子・「もも家」店主、イラスト/横江節子・神戸市垂水区在住)

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 何を思ったのか、夫が急に「神戸マラソンに出場する」と高らかに宣言したのは春先のこと。そして、そのために、これから毎週土曜日はプールに通うのだと言う。

「マラソンだったら、公園でジョギングから始めれば」と言うと、「いや、筋肉の使い方は水泳に限る」と言い張る。

「そうなのかしらねえ。じゃあ、水着を新調しましょうよ。最近の水着の繊維は進化しているのよ。ドルフィンのように泳げるんだから」と言うと、いや、学生時代のでいい、と言う。

 その学生時代の水着は紺色の無地。ウェスト内側には、白の綿ロープの紐が通してあり、多少の調節がきく。まあ、一見して平凡なスクール水着。それでいいのだ、と言う。

 そして、それからの熱心なプール通いといったら。これは本気でマラソンに出場する気だと、ジムに出かける夫の後ろ姿を見送っていた。

 ところが、2カ月もたった頃、夕方帰宅するはずの夫が、夜更けに帰宅するようになった。なんでも、プール仲間で麻雀会ができ、泳いだ後、麻雀をしているのだという。

「まあ、泳ぎ疲れた後に、ご苦労様」と皮肉を込めて言ったのだが、そのうち「コーチを囲んで一泊筋トレ合宿にも参加する」と言い始めた。こんなに土曜日に泳ぎ、筋トレも始めたようなのに、一向にメタボ気味のお腹はそのまま。日曜は近所にランニングに出かけることもなく、疲れたと爆睡している。なんだか変、なんだかおかしい。ジムの会員カードもあるけれど、ほんとうに泳いでいるのかしら。ジムの場所はわかっていたが、それを確かめる勇気がない。そこで一計、考えた。水着のウェストの白紐をギュッと絞り、そのまま固い結び目を作った。その結び目を解かなくては水着がはけないようにして。

 そして、いつものように、ジムに出かける夫を送り出す。その夜、夫の持ち帰った水着を広げた。水着は濡れてはいたが、結び目は朝のまま。ビクとも解かれた様子がない。やっぱり、プールに行っていないのだ。疑いは確信に変わり、胸に黒い塊がこみあげてくる。夫は、毎週どこへ出かけているのだろう。頭の中がグルグル回って、泣くこともできない。誰かに聴いてもらわなければ変になりそう。

 翌日、学生時代の友人に電話した。事の一部始終を話し終えると、途端に友人が笑い出した。

「あらあら、幸せな奥様だったのね。でも、ここが大事。あわてないことよ。いつも通りに素知らぬふり。そして、大げさなくらい、十分に、神戸マラソン出場を応援してあげることよね。事を荒立てず、待っていること。辛いとは思うけれど、心配はないわ。ちょっとした出来心の浮気なんだから、半年は様子を見ましょうよ。夏の恋は秋に終わるっていうでしょ。でも、ご主人のお小遣いの行方は見張ること。機嫌よく振舞って、そして神戸マラソンに必ずエントリーするように大応援を続けてみてね」と電話が切れた。

 そんなことができるのだろうか。いつも通り暮らすことが、どんなに苦痛で大変なことか、もう十分すぎるほど経験しているというのに。それから2カ月。いつものように持ち帰られる水着は、泳いだ後のようにたっぷりと水を吸ってビニール袋に入っている。水着の結び目は解かれないままに。白い結び目はゆるみもしていない。

 それでも、友人のアドバイスをひたすら信じ、娘と手作りの色紙を飾った。「願。神戸マラソン完走!」と書いて。9月になって、台風の通り過ぎた土曜の夜、夫がジムから帰るなり激高して言った。

「どうしたんだ、あの水着は。結び目のコブが固くて解けないじゃないか。洗濯のとき、注意してくれよ」と言った。ああ、やっと終わったのだ。友人の言う通り、もう秋になっていた。娘や親族を巻き込んで神戸マラソン大応援団を結成したものだから、夫は後に引けなくなっていた。この頃は、夜、会社から帰ってきてのランニングを欠かさない。しかし、神戸マラソンまであと2カ月。いくら学生時代にマラソン経験があったとしても、2カ月でフルマラソンが完走できるはずもない。

 けれど夫はかなり正気。何かを忘れるために、何かに償いをするように、走っているように見える。それが何かは、お互いに問わない。11月20日神戸マラソン大会。それぞれのランナーはさまざまの想いを胸に、明石海峡沿いの海辺の国道を走り抜けることだろう。そして、その中に私の夫もいるはずだ。

――運動のみが魂を支え、そして精神を高揚させる――古代ローマの哲学者、キケロ

*神戸マラソン 11月20日(日)
・フルマラソン(42.195km)
9時市役所前スタート、明石海峡大橋を折り返し、ポートアイランド、市民広場がフィニッシュ。終了は午後4時(7時間)
・クォーターマラソン(10.6km)
9時市役所前スタート、須磨浦公園フィニッシュ。終了は11時(2時間)



「もも家」のフードレシピ

豚汁鍋
CCF20111106_00001.jpg 晩秋から初冬にかけて、各地で市民マラソンが開催されます。選手のみなさまにはもちろん家族、友人の応援で沿道は大盛り上がり。スポーツの秋ならではの楽しいイベントですね。
 さて、その夜のお献立に、豚汁はいかがでしょう。豚肉にビタミンB群は疲労回復に役立ちます。根菜だけを先に煮ておくと、家族が揃えば、すぐに豚汁鍋がスタート。フィニッシュは、そのスープで煮込んだ味噌ラーメン。お好みで、ニンニクを入れたり、キムチをのせたり。たまらない美味しさです。では、豚汁鍋、作り方、スタート!です。


 材料(3~4人分)
豚バラ肉 薄切り 300g
人参 中1本
大根 1/2本
生しいたけ 大4枚
ごぼう 1本
うすあげ 1枚
板コンニャク 1枚


・ラーメン用として
ニンニク 1片
青ネギ(またはニラ) 適量
キムチ 適量
中華そば 4玉

・調味料
味噌(塩加減に注意しながら) 大4
ゴマ油 大1
オイスターソース(味加減して加える)
塩こしょう

 作り方

①コンニャクは箸にかかりやすいように、表面に浅く格子状に切り目を入れ、茹でて(2~3分)ザルにあげておく。

②豚肉は、さっと湯通しして、余分な脂や汚れをとっておき、キッチンペーパーに並べておく。

③しいたけは、一口大、人参・大根はイチョウに切る。ごぼうはささがきにして水に落とし、アクをおってから、ザルにあげておく。
④フライパンにゴマ油(大1)を入れ、①~③の材料を強火で炒め、軽く塩こしょうする。

⑤深鍋に④を移し、水1~1.5リットルと加え、アクをとりながら中火で煮る。うすあげの小口から切ったものを加え、味噌を溶き入れる。味噌を入れたら、火はごく弱火に。

⑥根菜のほかに、ニラやモヤシ、青ネギを最後に加えてもおいしい。スープが減ってきたら、水を加え、味噌、オイスターソース、こしょうで味をととのえ、中華そばを入れ、キムチやすりおろしたニンニクを加えます。
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 ニンニクは完走した選手の疲労回復になります。湯気の向こうに、今日、がんばったマラソンランナーの満足でいっぱいの顔が並んでいます。選手のみなさま、おつかれさま! また、来年も神戸マラソンでお会いしましょう!!

編集部より:大仁さんのフードレシピについては、このサイトで多数見ることができます。また、この記事の著作権は大仁浩子さんに帰属し、イラストの著作権は横江節子さんに帰属します。著作権の侵害にご注意ください。

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